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一級エロ建築士、鬼ノ仁が描く「一級建築士矩子の設計思考」 [実写映画化希望!]

今回オススメする漫画は
鬼ノ仁「一級建築士矩子(かなこ)の設計思考」

なんと一級建築士が描いた建築漫画だ。
面白そうだろう。

あねは3.png

なんで一級建築士が漫画なんか描いているのか分からない。
というかこの漫画、用語や理論が難しく、正直なに描いてるか分からない部分も多い。
ハッキリ言って詰め込みすぎだ。文字が潰れているぐらい細かくて分からない箇所もある。

というか、
こんな漫画が俗悪たる劇画の巣窟と噂される漫画ゴラクで連載しているというのも分からない。
作者は普段エロ漫画を描いているらしい。

一級建築士がなぜエロ漫画を描いているのだ。

あねは1.png
(画像は「鬼ノ仁短篇集 愛情表現」Kindle Unlimited対象作品/18禁)

漫画を読めば分かるが、一級建築士の資格は誰でも取れるものではない。
2巻で資格試験の様子が描かれていてオススメなのだが、人間業ではない。
エロ漫画表現を単純に邪悪と切り捨てていけない理由がここにある。

あねは5.png

わからんことだらけだ。
一級建築士がエロ漫画を描く理由。
まずそれを描くべきなのではないか。

アメリカよ、これが日本だ。

あねは2.png

前述の通り、この漫画は何描いているか分からない部分がある。
かといって、分からない部分が「ヒカルの碁」のように分かった気にさせる演出にも乏しいと自分は感じる。
エロ漫画家に一級建築士の霊が取り憑く漫画にすれば良かったのではないか。

こんな漫画が続く訳が無い。
繰り返しになるが俗悪な劇画の巣窟たる漫画ゴラクの連載なのだ。
作者もそう思っているが、なんと数多のボーダーを乗り越え、現在3巻目を用意しようとしている。

あねは4.png

単行本1巻は1年で4刷り。
建築雑誌も注目の漫画として取り上げているらしい。
奇跡がここにあるのだ。そこに立ち会わない手はないだろう。

ボーダーにあるからこそ、作者はありったけのものを詰め込んでいる。
出し惜しみなしだ。
わたしゃ、その熱意にうたれるのである。

あねは6.png
 
作中には、
読者を惹きつけるための作者の努力も散見する。

本来、パンツはくだろうという危険な場所にスカートで立ち入ったり、
流行りのお一人様グルメルポ漫画の要素もある。
ちなみにヒロインの経営する設計事務所は飲み屋も併設している。
(カフェや食堂を併設した事務所は実際にあるらしい)

おそらく、そのうちNHKで連ドラ化するのではなかろうか。
ヒロイン役は浜辺美波か。
おそらくすでに漫画を読んで、「美波、この役がやりたいです」と事務所に働きかけている頃だ。

世の中に建築ドラマブームを巻き起こせば、
星里もちるの「りびんぐゲーム」の再評価、ドラマ化もあるかもしれない。

もうネットフリックスは動き始めているかもしれない。
みんなも買おう!「一級建築士矩子の設計思考」!



 
一級建築士矩子の設計思考 1

一級建築士矩子の設計思考 1

  • 作者: 鬼ノ仁
  • 出版社/メーカー: 日本文芸社
  • 発売日: 2022/03/09
  • メディア: Kindle版



一級建築士矩子の設計思考 2

一級建築士矩子の設計思考 2

  • 作者: 鬼ノ仁
  • 出版社/メーカー: 日本文芸社
  • 発売日: 2023/04/18
  • メディア: Kindle版



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いいも悪いも版元しだい、鉄人本よどこへ行く?横山光輝「鉄人28号」を55冊買ったワケ [心に残る1コマ]

所有する鉄人28号が55冊になった。
横山作品としては「三国志」60巻に次ぐ多さ!
事情により、光文社文庫版、潮出版原作完全版、秋田コミックスセレクト版と買い集めてしまいました。

なぜこんな事になったのか?

いくつもの出版社から単行本が刊行されているような名作を購入する場合、
なるべく安く、封印未収録回&修正が少ないやつを選びたいわけで、
過去にもそんな葛藤をブログに書きましたけど、鉄人が特に難しかった。

そもそも購入のきっかけは、
鉄人の掲載誌だった光文社の漫画雑誌「少年」の傑作集を読んで面白かったから。

なので候補の中から最初に選んだのが1996年から刊行された、
光文社文庫「鉄人28号」全12巻と、「・鉄人28号」全13巻。

鉄人28号 全12巻完結(文庫版) [マーケットプレイス コミックセット]

鉄人28号 全12巻完結(文庫版) [マーケットプレイス コミックセット]

  • 作者: 横山 光輝
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • メディア: コミック

「続」ってなんだろう、という疑問はありましたけど、まあ光文社ですよ。
かつての自社に多大な利益をもたらした鉄人を復刻するわけですから、間違いないと思うじゃないですか。

間違いありまくりだったわけですよこれが。

びっくりするぐらい絵がひどい!
生原稿は印刷したら破棄されてしまうのが、鉄人発表当時の業界の慣習。
なので印刷されたものを生原稿として複製するしかないわけで、ひどくなるのはしょうがない。

しょうがないのですが、
同じ光文社から出版されているのに、
1989年に「少年傑作集2巻」に再録されたものと比べて
1996年の鉄人の方が印刷が汚くなるのは理解不能!

<比較参考画像1>2005年:潮出版「原作完全版」より。
もともとはこんな絵だったと思われる。
アシスタントがトレスして描き起こししたもの。
べつじん28号1.png

<比較参考画像2>1989年:光文社「少年傑作集2巻」より。
かすれてはいるが、線はそれほど潰れていない。
べつじん28号2.png

<比較参考画像3>1996年:光文社「光文社文庫 鉄人28号」より
そしてこれが問題の鉄人。
べつじん28号3.png

線が接触し、電灯のかけアミ線が潰れてしまっている。
左のヒゲの男性の目玉とまぶたが完全に癒着し、真っ黒になってしまった!

 
実はこの問題の光文社文庫版「鉄人28号」、20年ぐらい前に数冊購入したことがある。
購入したことがあるのだが、読むのが辛いと挫折してしまっていた。
そりゃ辛いわ。

ここにはどんな絵が描かれているのか?コマによってはニュアンスがまるで伝わらないのだ。

べつじん28号5.png

なので「少年傑作集」で鉄人を読み返してみたとき、
「あれ?思ったよりもスラスラ読めるぞ?」と不思議に思っていたのでした。
加齢で自分の許容範囲が広がったのかな、という風に理解していたのですが…。
なぜ同じ出版社なのに、こうも出来が違うのか。同じ素材を使えなかったのか理解に苦しむ。

 
で、光文社文庫版は掲載順もやばいみたいなことを教えていただいたので、
掲載順が真っ当だという潮出版「鉄人28号 原作完全版」全24巻を購入するに至るわけである。
これを最初に選択しなかったのは、アシスタントが新たにトレスしたもので絵が違うからである。
光文社文庫全12巻と全13巻。原作完全版24巻で、この時点で鉄人の単行本は49冊になった!

というわけで光文社文庫版と、原作完全版を交互に読み進めていたのですが、
光文社文庫版の「掲載順が違う」、というニュアンスを自分が完全に理解できてないことが分かりました。

 
鉄腕アトムやブラックジャック、
伊賀の影丸、サイボーグ009などはエピソードの順番がシャッフルされているものがあり、
光文社文庫の鉄人もそういう感じなのかと思っていましたが、そんなレベルじゃなかった。

光文社文庫はエピソードの途中で話を完全にカットして、
続きを1年後に刊行を始めた「続・鉄人28号」に収録しているのだった。
で、そちらでまた途中で終わっているので、無印の鉄人本に戻って続きを読む。
何を言ってるのかわからねーだろうが、そういうことだった。

ドラゴンボールで例えると、
ベジータがやってくる!というところでその巻が終わり、
次の巻はベジータが仲間になってるところから始まる、そういう編集をしている。

よくよく読むと毎度巻末に、
光文社文庫COMIC SERIES「鉄人28号」全12巻は、雑誌「少年Jに昭和31年7月号から昭和41年5月号までの11年にわたって掲載された作品から、現在刊行されている新書判に収録された部分を除き、例月号に連載されたストーリーを完全復元したものです。
とある。

この「現在刊行されている新書判に収録された部分を除き」というのが読者に対する説明というわけだ。わ、分かりにくい。そもそも新書版とは何社の本を指すのか。新書版は鉄人の11年の連載のどの辺を収録しているのか。光文社文庫版には1巻に鉄人連載年表など掲載しているにも関わらず、その辺の説明が一切ないのは奇妙な編集方針である。

ちなみに、この「現在刊行されている新書判」というのは、秋田書店から1970年に出版されたサンデーコミックス版「鉄人28号」全10巻。現在もAmazonで新品で購入できる大ベストセラーである。


【コミック】鉄人28号(全10巻)

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  • 出版社/メーカー:
  • メディア: コミック

理解が追いつかないので、
サンコミとほぼ同じ内容である秋田コミックセレクト版「鉄人28号」全6巻を購入してみる。
こういう経緯で所有する鉄人の単行本が55冊になったわけである!

すると秋田コミックセレクト版は、光文社文庫版で割愛されたあたりから話が始まっていた。
鉄人年表で確認したところ、連載3年目のモンスター編。そんなんありか!
鉄人誕生の経緯とか、これまでの話のあらすじとか説明一切なし!※
※しかしサンデーコミックス版は現在も売られてるぐらいだから、なんか評価が高いのである

秋田書店のこの思い切った編集も、
光文社文庫の説明文「現在刊行されている新書判に収録された部分」を、よりわかりにくいものにしている。
というか光文社の説明文は、サンデーコミックス版を読んだ人にしか伝わらない説明に留まっているのだ。

話を光文社文庫に戻すが、
この先は削除されています。続きは秋田書店の本でお読みください」とか注釈をつけるべきだったのだ。かなり不親切な編集方針だと思う。というか原作者がこれを許すのか、と首をひねってしまう。出版された1996年はもう四半世紀以上も昔のことになるが、それなりに洗練された出版文化だったはずだけど。。。

そもそも1958年に鉄人が最初に単行本化された時から話にカットされた部分があり、
5度目の単行本化でそれを初めて復刻させたというのが光文社文庫版の価値だそうなのですが、
それからさらに選択肢が増えた今現在、名作を蔵書に加えたいと思って購入するには光文社文庫版はかなり辛いものがありました。

ある程度原稿が溜まったら単行本にして出版する、という現在当たり前に行われている商習慣ですが、定着したのは1966年あたりから。そんなものが売れるわけない、と当時の人は当たり前に思ってたというから驚きです。しかし社会現象を巻き起こした鉄人ですら最初の単行本は7巻で途中終了というのが歴史的事実。横山先生も刊行が途中でストップしたのは「売れなかったからではないか」とコメントを残している。

鉄人の単行本史を調べると、想像以上の試行錯誤があって驚く。
出費はかさんだけども有意義であった。

というわけで、現在は光文社、潮出版、秋田書店と3社を並行して読み進めています。
あと飯城勇三「鉄人28号大研究」も同時に。その辺の単行本検証も詳しく書いてあるので、まずコレを読むべきだったのかも。ただし光文社文庫版が最新の鉄人単行本だった頃の本なので、現在はさらに新しい鉄人単行本が出ています。








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ネタバレあり!ゴジラ・マイナスワン。一点減点。 [名作紹介]

ゴジラマイナスワンを見に行ってきました。
4回泣きました。
以下ネタバレあり。



ドラゴンクエストユアストーリーのこともあったし、
あまりゴジラに興味がないしで躊躇していたのだけども、
アメリカで大ヒットとかニュースで報じられてたり、
YouTubeなどに有名評論家のレビューがアップされてそれも見たいなということになり、

水曜日の料金安い日に行くか!…と思ったけど面倒臭くなってやめて、
その翌週の水曜日、今度こそ!…ということで本当に見に行って参りました。
チケット代1300円。駐車料金が1時間無料で400円の1700円の出費。
映画って高いよなー。

平日の1回目ということもあって、お客さんは5組ぐらい。
ちなみにファイナルウォーズ(北村龍平ファンなので)シンゴジラ(庵野秀明ファン)は劇場で見てるので、
邦画のゴジラは公開されるたび19年間欠かさず見ている計算になる。

 
というわけで最新作はどうだったんか。
今回のゴジラは出てくる前兆がある。
戦争から逃げて、黄昏れる神木くんが海を眺めていると、何かたくさんプカプカ浮いてる。
これが前兆。

プカプカしてるものがアップにならないので、なんだろうと頭の中で候補を挙げる。
正解はその中のひとつにあった、内蔵が飛び出ちゃった深海魚。
水圧の高いとこから低いところに一気に移動したために起こる現象。
アップにしないのは、必要以上にグロい映像をお客さんに見せたくないという、山崎監督のエンタメ精神ではなかろうかと思う。

そして出てくるゴジラも、逃げ惑う人をパックリコするのだが、咀嚼しない。
放り投げるだけ。
この辺も、必要以上にグロい映像をお客さんに見せたくないという山崎監督のエンタメ精神なのではなかろうか。

地元に戻ってくる神木くんでしたが、家も近所も焦土。
隣の家のおばさんも、生きて帰ってきて非国民みたいな冷たい態度で神木くんガッカリ。

このおばさん、モブかと思っていたら後でも出てきてドキリとさせられる。
よく見たら安藤サクラじゃないですか。こないだ見たボクシング映画良かったなあ。

ヒロイン登場。
逃走中に神木くんに押し付けた赤ん坊を神木くんがどうするか、遠くからしっかり観察。
害は無さそうだと赤子ともども神木くん宅で居候を始めるしたたかヒロイン。
しかも赤ん坊は拾った戦災孤児で、処女性もキープというキャラデザイン。

さらにその数年後、
ひとつ屋根の下で一緒に暮らすのに、結ばれてないというラブコメ関係!
これも山崎監督のエンタメ精神なのである。
ハリウッドよ、これが日本だ!

マイナスワン1.png
(画像はベンジャミン・ボアズ/青柳ちか「日本のことは、マンガとゲームで学びました」

よく見ると、ヒロイン演じるのはシン・緑川ルリ子こと浜辺美波
令和特撮映画の女王様だ。

そんな処女性キープの令和特撮女王の欠点は、お乳が出ないことにあった。
ミルクを買う金もないし、どうする赤ん坊の食糧問題!
そこに助け舟を出してくれるのが誰であろう、安藤サクラなのであった。
この赤ん坊がらみのベビーターンで私は泣いてしまった。

安藤サクラが提供してくれたお乳で餓死を免れる赤ん坊。
もちろん安藤サクラ自ら出したのはお乳ではなく、ミルクと交換するための食料であった。
っていうか、腹減ったとぐずりもしない情緒の安定した赤ちゃん。
これも山崎監督のエンタメマジックである。

ゴージラ、ゴジラ高収入♪
神木くんは水雷撤去の仕事を見つけ、たっぷり危険手当てをもらって家を新築。バイクにも乗る。
しかし戦争のトラウマでたまに発狂しかける神木くん。
そんな神木くんを、豊かかどうかよく知らないけどとりあえず胸で全力で受け止める浜辺美波なのであった。
ここでゴジ泣き2回目。

そしてゴジラが襲来。
水雷撤去のついでに足止めを依頼された神木くんだったが、
馬鹿でかくなったゴジラによって、応援に駆けつけた戦艦も大破させられてしまう。

こんなの勝てるわけねえ!
神木くん無力な民間人なのに、どうやって倒すんだと思わされる。

ゴジラが銀座に襲来。
今年のゴジラは、背ビレが尻尾の方からガシガシ盛り上がっていき、最後にものすごいレーザーを吐く。
爆炎が成層圏にまで達する勢い。この映像がローアングルで迫力だ。


運悪く、ゴジラの視線の先にあった電車に乗っていた浜辺美波の車両がピンポイントでゴジラに狙われ、浜辺美波が鉄棒運動からの海にダイブ。

ぬれネズミになった浜辺美波が銀座を歩いていると、またゴジラに追われる。
逃げ惑う群衆の中から都合よく浜辺美波を見つける神木くん。
愛の力だなあー、って、そんなワケあるかい!

ゴジラビームに吹っ飛ばされる瞬間、浜辺が体当たりで神木くんを物陰に吹っ飛ばす。
目覚めた神木くん、浜辺美波が吹っ飛ばされた先を確認すると、一面廃墟である。

次のシーンが浜辺美波のお葬式で、残された子供が泣いてるシーンで本日3度目のゴジ泣き。
この子役にどう演技つけてるんだろう。ガチ泣きだ。

しかし浜辺美波が死ぬシーン、ちょっと吹っ飛ばされ方がわざとらしい。
ビームを避けようというより、受け止めに行った余裕がある感じに見える。

「この世界の片隅に」でヒロインが連れていた姪っ子が死ぬシーンみたく、一瞬何が起こったのかわからないみたいな演出の方が良かったのではないか。

民間主導でゴジラ対策本部が作られ、神木くんも参加。
水雷撤去に関わっていた科学者を演じる吉岡秀隆がプランを明かす。

ゴジラに大量のフロンガスを巻き付けて、海底に引きずり込んで水圧で殺す作戦だ。新しい。
念押しで、海底から海面まで急浮上させて潜水病を食らわすオマケ付き。

ゴジラをトラップに誘導する飛行機乗りの役目を神木くんが引き受ける。
作戦が失敗したとき、爆弾抱えて特攻する覚悟である。
かつて神木くんのビビりで仲間を全滅させられた整備士を探し出してメカニックを依頼するのだった。


ハセガワ ゴジラ-1.0 日本海軍 九州 J7W1 局地戦闘機 震電 劇中登場仕様 1/48スケール プラモデル SP579

ハセガワ ゴジラ-1.0 日本海軍 九州 J7W1 局地戦闘機 震電 劇中登場仕様 1/48スケール プラモデル SP579

  • 出版社/メーカー: ハセガワ(Hasegawa)
  • 発売日: 2023/12/27
  • メディア: おもちゃ&ホビー

ここからあまりトラブルなく進む。
ブリーフィングで言ってたことをそのままやってるだけで、若干退屈なシーンであった。

ところで、
ゴジラを深海に引き摺り込まなきゃいけないのに、まだ足のつくとで作戦開始したなと思ったら、ゴジラが海底深く引き摺り込まれていった。…ということは、ゴジラは立ち泳ぎしていたのだろうか?

例によってゴジラの生命力が想定以上(観客的には想定内)で、神木くんの特攻でゴジラを倒す。
しかし整備士の粋な計らいで、神木くんは寸前で脱出できたのであった。

そして浜辺美波も生きていたのだった。
よく分からんが良かった良かった。
ここで4度目のゴジ泣き。嗚咽する勢いである。

 
帰り道、ふと思った。
あれ普通死ぬよな。浜辺美波のことである。
まず結構な距離を吹っ飛ばされて、瓦礫に体を叩きつけられたはずだ。
そこから熱線で、、、死体も見つからずに葬式やったのだなという理解だった。

そこで思い出したのが、病院で再会した浜辺美波の首筋にチラッと映った変なアザである。
そうか!浜辺美波はゴジラ人間になっていたから助かったというオチなのか。
すると次回作「ゴジラ・マイナスツー」ではゴジラ人間になった浜辺美波が熱線を吐くのか!

…そんなわけあるか!

おそらく、取ってつけたように生きてたことにしてもお客さんは不満に思わない、
そういう計算が山崎監督の中にあったのだと思う。
例えあのアザがなかったとしても、俺はこのラストで良かったと思う。

それでも不満なマニア向けのエクスキューズとして、
浜辺美波のゴジラ人間という生存の理屈づけを山崎監督はした、そういうことなのではないかと思う。

 
と、いうわけでゴジラマイナスワン。俺は非常に良かったです。
思い返すと色々ご都合主義というか、ベリースウィートな寓話的なお話なのかもという気もしますが、見ている間はほとんど気になりませんでした。画作りも豪華で、大迫力。

あまり残るものはないのですが、「見ている時ひたすら楽しくて、終わって劇場を出たら全て忘れている」、といったようなエンタメの究極に近い作品なのではと思いました。

 
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新人起用に専属契約で大ヒット!知られざる週刊サンデーの歴史 [漫画の描き方が書かない漫画の描き方]

週刊「漫画サンデー」の創刊は最初の漫画専門の週刊誌として、相当に話題を呼んだ。

「近藤日出造の世界」の305ページに、気になる文章があった。

著者の峯島正行氏が「漫画サンデー」初代編集長なのだ。
創刊に際し、峯島は日出造に協力を仰いだ。
その結果を書いた一文である。

ここでいう漫画サンデーとは、
あだち充や高橋留美子が描いてる小学館の少年サンデーのことではなく、
2013年に休刊した実業之日本社の「漫画サンデー」、略して「マンサン」のことである。

峯島氏はマンサンが最初の漫画週刊誌だと書いている。
そうだったっけかと調べてみた。

最初かどうかは知らないが、
やはり少年マガジン&サンデーの方が、マンサンより半年ほど早く創刊していた。著者の記憶違いなのだろうか。

少年サンデー1959年3月17日
少年マガジン1959年3月17日
漫画サンデー1959年8月11日

そういえば、
少年サンデーとマガジンは創刊当時は総合誌だったという解釈もある。
どちらも創刊号の漫画の掲載本数5本。他はグラビアや小説。そんな時代だったのだ。
だから最初の漫画専門誌はマンサン。そういう捉え方なのかもしれない。その時はそう思った。

「近藤日出造の世界」のあと、
須山計一の「日本漫画100年」という本を読んで震えた。

その本の巻末に漫画史年表があるのだが、
1959年の項目には漫画サンデー創刊とあるのみで、少年サンデー&マガジンは記載がない。

…これか!
繰り返しになるが、震えたのである。
大発見だ!

シン・ポンコツおやじ1.png

つまりどういうことか。
少年サンデー&マガジンなど漫画ではない。
その創刊は漫画の歴史に記して残すに値しない瑣末な出来事。
そういう考えが一部にあったということだ。

一部とは何か。
とりあえず峯島と近藤日出造、
それと漫画100年を書いた須山と、それを受け入れる読者と出版&漫画関係者。
何度も書いているが、そういう考えが当時のいわゆる「上流」において支配的だったことがより鮮明になる記述だ。

ちなみに「日本漫画100年」は1968年初版の本で、当時少年サンデー&マガジンは創刊9年目。
1968年はマガジンで「あしたのジョー」が始まった年でもある。
すでに「巨人の星」「天才バカボン」「おそ松くん」「オバケのQ太郎」「伊賀の影丸」「仮面の忍者赤影」「エイトマン」、「サイボーグ009」「ゲゲゲの鬼太郎」など、漫画史に残る傑作の数々が世間を賑わせていた。


「日本漫画100年」を書いた須山計一は明治生まれの漫画家で、
この時代の漫画家の本を読むと名前がよく出てくる。

漫画史研究の本を何冊も出しており、夏目房之介もジッちゃんの名にかけて須山の著作を読むように勧めているほど、その見識を認められている。だから今回読んでみたのだ。ちゃんとした人のはずである。

そのちゃんとした須山の本、「日本漫画100年」の204ページでは、
昭和30年代の「漫画ブーム」に次々と創刊された漫画週刊誌(隔週刊含む)を紹介しているのだが、

シン・ポンコツおやじ4.png

漫画タイム、
土旺漫画、
週刊漫画Times、
漫画サンデー、
漫画天国、

そして漫画読売を紹介するにとどまり、
やはりマガジンとサンデーは蚊帳の外なのだった。

ダメ押しとして、
237ページの「漫画界最近の話題」の章にはこうある。

シン・ポンコツおやじ5.png

週刊型の漫画誌の発刊がひきつづいて、四十三年春現在ではその数二十五種もでている。しかしすでに十年以上(原文ママ)の歴史をもっている「漫画サンデー」「週刊漫画タイムス」などをのぞくと、その多くは低俗なエロ雑誌にすぎなく、ただ表紙に漫画という字を冠しているのである。

とりわけ、アクション漫画、劇画と称するものの中には、退廃的のもの、軍国主義調のもの、変質者的のものなどあって世の批判をうけだしている。

繰り返しになるが、
漫画史研究家として何冊も本を出している須山計一の1968年(当時63歳)の見識がこれなのである。
説明していなかったが、漫画サンデーはいわゆる風刺漫画専門誌である。
もっとも当時は「漫画」とは風刺漫画のことであり、そんな断りをする必要すらなかった。
 

さて、そんな漫画史の権威が認める漫画サンデーだったが、
「近藤日出造の世界」によると創刊間も無くは予想したより部数が伸びていかなかった。

峯島は近藤と相談し、テコ入れとして新人を起用し、雑誌に新風を送り込もうという話になる。風刺漫画の世界はベテランが仕事を独占し、新人が入りにくい世界だったという。

そこで選ばれたシンデレラボーイが、杉浦幸雄の弟子だった富永一朗である。
のちにお笑いマンガ道場に出てた人だ。

漫画サンデー編集部は、話題作りのために富永に規格外の長編を依頼する。
なんと毎号4ページも与えたのだ。4ページも!
(…風刺漫画なので、4Pでも大長編なのだそうだ。)

そこで富永一朗の描いたのが「ポンコツおやじ」だ。
エッチで下品すぎるという苦情もあったが大評判になったらしい。

その影響から、富永には他社から原稿依頼が殺到してしまう。
それは放置すれば富永が早々に潰されてしまう量だったという。
峯島は近藤らと相談して、富永とマンサンの間で専属契約を結ぶことを思いつく。

ハレンチな新人起用と専属契約。
少年ジャンプの創刊が1968年なので、9年ぐらいは早いことになる。
もっとも、専属と言っても週刊誌でなければ他社でも書いていいという、緩いものではあった。
そもそも任されるページ数が少ないからね。

富永の作風が気に食わない漫画評論家の伊藤逸平が専属契約を含め批判すると、反論を日出造が書いたりして話題になったようではある。ジャンプ編集部がそのことを意識していたのか?とりあえず西村繁男の著書には記述がない。

 
須山計一「日本漫画100年」にもポンコツおやじに関する記述がある。
その紹介の前に白土三平の「忍者武芸帳 影丸伝」を丸々1ページ使って解説しており、
悪書と呼ばれた劇画にあっても、さすが白土は扱いが別格だなと感心するのだが、ページをめくると…

シン・ポンコツおやじ3.png

「日本的アクション漫画の代表は富永一朗の「ポンコツおやじ」であろう」と続くのである。白土三平を露払いにしているかのようである。

シン・ポンコツおやじ2.png

白土の紹介記事をよく読むとベタな解説に徹しており、須山の白土三平に対する感想がないし、何よりタイトルを「忍者武芸 影丸伝」と間違えている。ちなみに「オバケのQ太郎」の作者を赤塚不二夫だとしている箇所もある。(220ページ)

影丸伝をしのぐ、
日本的アクション漫画代表の「ポンコツおやじ」とはどんな作品なんだ?

検索してみたが、Amazonで見つかるのは1966年の当時の単行本のみだ。
コンビニコミックで復刻とかもない。一過性のものに終わり、読み継がれてはいないらしい。

筑摩書房の全集「現代漫画」の第二期に「富永一朗集」があり、
そこにポンコツおやじもあったので読んでみた。
正直、まったくピンとこない。

シン・ポンコツおやじ6.png

50のオッサンと、70のババアの友情ドタバタ劇、というコンセプトらしい。
ハイテンションのセリフ回しが歌の文句みたいで独特のリズムがあり、
訳のわからない展開と併せてトリップしていく感はある。G=ヒコロウみたいだ。

しかしこれで白土三平を超えるアクション漫画とする須山の感性こそポンコツおやじである。

てんくうせんきしらと2.png

全集「現代漫画」の鶴見俊輔の、子供漫画の解説は感銘を受けたので、
期待して富永一朗の巻末の解説を読んだが、小難しくてよく分からなかった。

不思議なことに富永一朗は風刺漫画の賞、
文春漫画賞には5度もノミネートされているが、一度も受賞に至ってない。

2006年に出版された現代漫画博物館1945-2005には、富永一朗の名前がない。
ついでに言うと近藤日出造の名前もない。
もちろん須山計一の名前もない。

 
現在、長谷川裕「貸本屋のぼくはマンガに夢中だった」という本を読んでいる。
貸本や、ストーリー漫画に夢中になった作者が、風刺漫画専門誌だった「漫画讀本」について書いているのが印象に残ったので引用したい。

肝心の絵も、あまり魅力的でなかった。似顔絵を描かせたら天下一品の清水崑や、市井の風景を綴密なタッチで描く六浦光雄など、数少ない例外を除くと、「漫画読本』の大人マンガの絵は、どれも油っ気がなく、淡白に見えた。そこには手塚マンガや杉浦マンガのような、どのページをめくってもあふれ出してくる、ぎらぎらしたものがほとんど感じられなかった。

それに対して、子供向けのストーリー・マンガや劇画は、たとえデッサンが怪しげだろうが、パースが狂っていようが、そんなことを忘れさせてしまうほどの熱気、生命力にあふれていた。劇画やストーリーマンガの若き作者たちは、不器用ながらも、むずかしい構図や人物の微妙な表情などを、なんとか描き込もうと努力していた。その結果はおおかた野暮ったく、どこか破綻しており、けっして成功しているとは言いがたかったけれども、そこには作者の真剣さがにじみ出ていて、その迫力が読者をとらえて放さなかったのではないか。

そうした貸本マンガ・劇画にくらべると、私には、「漫画読本」の大人マンガは手抜きにしか見えなかった。というよりは、ネームとコマ割りをみっちりと構成し、一コマ一コマを多大な労力をかけて埋めながら描かれた、新興のストーリー・マンガや劇画には、さらりと淡白な味をねらったこれまでの大人マンガを手抜きに見せてしまうほどの、強烈なエネルギーが充満していたということなのだろう。

それから四十年たった現在でも、時事マンガ、一コマ・マンガの類は、旧態依然のまま、まったく変化していない。戦後のストーリー・マンガや劇画があれほど激しく、その表現様式を変化、発展させていったことを考えると、これはなんとも不思議なことだ。

いずれにせよ、熱気とエネルギーを欠いた大人マンガが、子供の目に退屈に映ったのは当然で、いかに軽妙酒脱だろうが、デフォルメの妙があろうが、「漫画読本」は、貸本マンガや劇画の持つ圧倒的な。パワーの前には勝負にならなかった。このころが全盛だった「漫画読本』は、以後、しだいに読者を失い、ついには廃刊に追いやられる。

漫画讀本が廃刊になるのは「日本漫画100年」の2年後の1970年。
「日本漫画100年」には同じく1970年に常識外の負債を近藤日出造らが抱えて倒産する、日本初の漫画専門学校「東京デザインカレッジ」開校についても華々しい話題として扱っている。涙。

劇画は邪悪

おそらく明治大正から生きていた人は、こうとしか考えられなかったのだろう。
それだけに戦後の漫画の変化は予測不能で劇的で、強いアレルギーを伴うものだった。
それは手塚治虫や劇画がもたらしたものだと言って間違いない。

なぜ戦前の漫画史は一度人々の記憶から消え、手塚トキワ荘史観がはびこったのか?
…と言う疑問のヒントも、ここにあるような気がする。
劇画の第一人者のさいとうたかをも、かつては「劇画は漫画とは全く違うもの」と言っていた。

スマホの縦読み漫画にAIイラスト。
漫画を取り巻く環境は今なお激変の時代を迎えようとしている。
同じことが起こらないと言えるだろうか。
今の多くの漫画ファンが、ひょっとしたら将来の須山峯島近藤になっているのかもしれない。

弘兼憲史・猪瀬直樹「ラストニュース」に好きなセリフがある。
通用しない2.png
「ふむ…しかし、キミが父上を乗り越えるまでにはもうちょっと時間がかかるでしょうなあ。」
「東都新聞は百年の歴史を誇りますが、テレビ業界はたかだか四十年(1993年時点)の浅い歴史しかありません。経験が必ずしもプラスに働くとは限らないでしょうね…

 
さいきん雁屋哲が、しりあがり寿の風刺漫画を芸術だと絶賛しているのを見て「ふふっ」となった。
上流だった風刺漫画はほとんど現在死滅している。

そんな光景を見てきたからこそ、手塚治虫のこのセリフなのかもしれない。

残りません.png
「…マンガは残りませんよ。」
「…そうかなァ… そうでしょうか。」
「作者と一緒に時代と共に、風のように吹き過ぎていくんです。ーそれでいいんです。」

 

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芸術一家はモラルが爆発だ!岡本一平「漫画と小説のはざまで」 [漫画の描き方が書かない漫画の描き方]

きみは悪の貴公子・フジロウを覚えているだろうか。
戦前のサイコパス殺人鬼、谷口富士郎を。

いっぺいちゃん4.png
中央が富士郎

資産数十億(現在の価値で)という札幌の医師会副会長の家に生まれた三兄弟の長兄。
上京し芸術家を志すが、遊ぶ金欲しさに知り合った金持ちの老婆を殺害。
大卒初任給が70円の時代に、月に千円二千円と使っていたから、
いくら仕送りがあっても足りなかった。

さらにタチが悪いのは、老婆殺害を手伝わせた弟を口封じのために殺害。
それを手伝わせた下の弟も始末しようとするが失敗。悪事が露見する。
海外留学だと言って、女と渡米しようとしているところを逮捕されて終身刑。

このフジロウ、彫刻家を目指していたが、
自ら開いた個展では呆れたことに盗作どころか盗品を展示していたという。

そんなフジロウは、彫刻以前に漫画家の弟子入りを希望していた。
その漫画家は、「漫画は斜陽産業だから」とフジロウの弟子入りを断った。
それが岡本太郎の父、岡本一平である。戦前のカリスマ漫画家であった。

…ということを以前「戦前の少年犯罪」という本を読んで、感想をブログに書いた。
漫画は斜陽産業って、、、昭和元年あたりはそうだったのかと、その時は単純に思っていた。

しかし最近「近藤日出造の世界」を読んでみたら、
日出造は同じ時期にあっさり弟子入りを許されていることが分かった。

いっぺいちゃん5.png

一平は割と気さくでウエルカムな人だったようで、弟子もウジャウジャいたのである。
「近藤日出造の世界」によると、「一平塾」の生徒は5、60人。

漫画家志望だけでなく、
単なるファンや取り巻きも一平塾にいたというからハードルが低い。

岡本一平は全集がメガヒットした勢いで、その後2年も洋行するぐらいだし、
高弟の宮尾しげをの「団子串助漫遊記」は百版のベストセラー。
漫画が斜陽産業だなんて、単なる方便だったとしか思えない。

一平がフジロウを体よく追い払ったのは、
やはり何かしらフジロウからヤバさを感じ取っていたからなのではなかろうかと思うようになった。
 

清水勲と湯本豪一による岡本一平の伝記、「漫画と小説のはざまで」を読んでびっくりした。
例の一平の洋行に、子供と妻と、愛人も2人を連れて行ったというのだ。
しかもその愛人というのは一平の愛人ではなく、妻の愛人なのである!愛人を二人も!

連れてく方も連れてく方だが、ついてく方もついてく方だ。
そもそも普段から旦那公認で同居して、毎日みんなで食卓を囲んでいたというのだから凄まじい。

それが許される一平の妻は、よほどの美人なのかと写真を見るとそうでもない。
35億!の人に似てる。

いっぺいちゃん2.jpg
(左から一平、太郎、かの子、愛人1、愛人2)

この浮気な妻の岡本かの子さん、もともとお金持ちのお嬢様。
結婚してから家庭を顧みることなく放蕩三昧だった一平のせいか、頭がおかしくなって入院。
反省した一平は以後、かの子の幸せを第一に考えるようになった。
それがちょっと極端過ぎたようである。

解放されたかの子は仏教研究家としても有名になり、その後に小説家としても認められた。
夫は大ヒット漫画家。妻は人気小説家。息子は太陽の塔で知られる芸術家。そして愛人愛人。
すごい家庭だ!

そんな自由なかの子さんも、49歳に脳溢血で亡くなる。
一平は深く悲しみ、それを労ってくれた姪っ子への好意が膨らんでいく。
姪に求婚するが、息子の太郎と変わらないぐらいの年齢だったこともあり、親族が大反対した。

結局、一平は、姪と同じくらい若いバツイチ女性と結婚する。
やっぱり周囲の反応はよくなかったらしい。

一平の死後、残された家族をどうしようという話になる。
太郎の他に、後妻とその子供が4人おりますねん。
一平の義弟の池部鈞や、弟子の出世頭だった宮尾しげをなどは絶縁を宣言。

近藤日出造や横山隆一、杉浦幸雄などの若い漫画家たちが金を集め、遺族を援助することにした。

のちに太郎が新進気鋭の芸術家として認められ、アメリカに行く身分になったが、太郎は相変わらず援助を続けるように頼んできたというので、流石にそれはおかしいという話になり、それきっかけで援助は打ち切られた。そもそもかの子の印税も莫大で、援助なんていらなかった説もある。

かつて宍戸左行が一平を訪ねた際に、
来客中に親に小遣いをせびる太郎を見て、「しつけがなってない」と気分を害したことがあったようだ。アメリカ帰りの左行が思ったのだから、相当なものだったのだろう。

後妻はともかく、一平の妹の夫の池部鈞が縁を切ったというのだから、岡本太郎がどんな若者だったかと言うのは興味深い。面白い伝記があれば読んでみたいので誰か教えてほしい。

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(画像は小林よしのり「ゴーマニズム宣言」4巻
 
さて、そんな岡本一平の、肝心の作品はどうだったのだろうか。

いっぺいちゃん8.png
(画像は昭和三年発行の現代漫画大観2巻より、一平が親しかった夏目漱石「坊ちゃん」をコミカライズした作品。)

一平の得意スタイルは漫画・漫文と呼ばれ、いわゆる絵物語に近いものだったようだ。
クローズアップなど映画的手法もこの頃すでに取り入れているが、
正直、未発達の漫画という印象を受ける。

いっぺいちゃん9.png
(画像は清水勲/湯本豪一「漫画と小説のはざまで」

当時の漫画表現の限界だったのかなとも思うのだが、
その先輩である漫画界のファーストエンペラー、北沢楽天の作品を見るともうすでに今の漫画と遜色ないこともやっている。

以下画像は北沢楽天「とんだはね子」。昭和3年の作品。セリフを平仮名で意訳しています。
いっぺいちゃん3.png
はね子の至福の表情がスバラシイ!

この北沢楽天を押し退けて岡本一平が人気になったというのは、どちらかというと受け取る読者の限界だったのではないだろうか。少女漫画やアメコミをいきなり読んでも読みづらいように、漫画が読めるということはある種のスキルなのである。北沢楽天の漫画スタイルは、当時の理解が追いつかなかったのではないか。

岡本一平の作品を見て首を傾げるのは、絵のこともある。
あまり良くないように思える(主観)

いっぺいちゃん1.png

かの子や太郎には「お父さんは絵が下手」と笑われていたそうである。
こういうのを普通は素直に受け取らないが、受け取ってしまえば全て納得がいく。
岡本一平は絵が下手だったのだ!もちろん漫画は絵の上手い下手(写実的かどうか)が全てではない。

こんなへたっぴいの絵を模写しまくって出世した近藤日出造は、
アトムがヒットしてるにもかかわらず一生懸命に小島功っぽい絵柄にして風刺漫画に擦り寄った手塚治虫を「絵が下手だ」と認めなかった。

いっぺいちゃん7.png
(画像は村上もとか「フイチンさん再見!」7巻

そこに近い感覚を持ってたであろう横山泰三もやたら絵の上手い下手にこだわって、特に赤塚不二夫の絵が汚らしくて我慢ならんと文春漫画賞を受賞する際に「あんた責任がとれるのか」と推薦する審査員に食ってかかっていた。

もちろん個人の感想というものはあるが、それが漫画の発展を阻害するようなレベルになれば単なる老害であると自戒したい。

ところで、話を冒頭のフジロウに戻すが、
一平がフジロウを体良く追い払ったのは、かの子に手を出すかもしれないと思ったからではないのか。
近藤日出造は顔がホームベースみたいだったから良かったのだ。
しかも仲間にしょっちゅうからかわれるぐらい、女性に対して奥手だった。

もしフジロウの弟子入りが許されていたら、
それ以後の漫画史はけっこう変わっていた可能性もある。
フジロウと一平の面会は、割と歴史のターニングポイントだったのかもしれない。
皆様はどう思われるか。

 

白面の殺人鬼―谷口富士郎: ~江戸川乱歩~

白面の殺人鬼―谷口富士郎: ~江戸川乱歩~

  • 作者: 江戸川乱歩
  • 出版社/メーカー: 東大阪出版会
  • 発売日: 2018/04/13
  • メディア: Kindle版



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漫画の神様に怒られた天才がまだいる。佐々木マキ「うみべのまち」 [名作紹介]

手塚治虫に嫉妬された漫画家は、もれなく漫画史に残る天才に認定して、
その上で「巨匠なのに新人に嫉妬できる手塚治虫ってやっぱすごいね。」と、荒ぶるタタリ神よ鎮まりたまえを合唱するのが近年の漫画界の作法ですけれど、そんな手塚治虫から嫉妬された漫画家をまた一人知りました。

その名は佐々木マキ
全集ブームの頃、青林堂が出版した「現代漫画の発見」全5巻に選ばれた5人の漫画家のうちの一人。
水木しげるつげ義春永島慎二滝田ゆう、そして佐々木マキ

佐々木マキだけ全く知識がない。
しかも「現代漫画の発見」は佐々木マキの巻だけ高い!
他は1000円で買えても、佐々木マキは2万円ぐらいが相場。



どんな漫画を描く人なんじゃろか。

漫画名鑑的な本、「現代漫画博物館1945-2005」を電子化したのでエラーチェックで読んでいたら、佐々木マキの「ピクルス街異聞」という作品が載っていた。
ガロに描いていたようだ。ちなみに男性。

ピクロス.png

見るからに変な漫画だ。難解と書いてある。
でもすでに何か面白いではないですか。
たまたまこの箇所だけかもしれないけど。

なんかこれ、とり・みきっぽいなと呟いてみたら、
ご本人様から「もちろん私の方が影響を受けたのです。」とメッセージをいただいて驚いた。


「ダイホンヤ」を死ぬほど読み返したので嬉しい。

け2.png

失礼ついでに佐々木先生と交流はあったのか聞いてみたが、それは無かったとのこと。

「ピクルス街異聞」で検索すると単行本がヒット。
3000円ぐらいが相場で結構迷う。

ピクルス街異聞

ピクルス街異聞

  • 作者: 佐々木 マキ
  • 出版社/メーカー: 青林堂
  • 発売日: 2023/11/24
  • メディア: 単行本

2011年に復刻された「うみべのまち」を購入してみた。
これはまだ新品でも買えるし、「ピクルス街異聞」も収録されている。
全422ページで、「現代漫画の発見」よりも多数の作品を収録しているが、現代漫画の方にしか収録されてない作品もある。


うみべのまち 佐々木マキのマンガ1967-81

うみべのまち 佐々木マキのマンガ1967-81

  • 作者: 佐々木 マキ
  • 出版社/メーカー: 太田出版
  • 発売日: 2011/06/23
  • メディア: コミック

読んでみたが、やっぱり難解だ。
難解というか、考えるだけ損なのかもしれない。
要するに「詩」だ。散文だ。

描いたコマからイメージを膨らませて次のコマを描く。
基本はそういうことらしい。
思ったより とり・みきっぽくない。

あの1コマでとり・みきに与えた影響を見抜くとは俺ってすごくない?と思ったりした。
「現代漫画博物館1945-2005」は、どうしてYouはこのコマを?と思ってしまうコマが選ばれていることが多いような気がするのだが、佐々木マキに限ってはベストだったように思う。

後期のGヒコロウっぽいなとも思った。

こうきのひころう.png

それにしても絵が良い。
イラストレーター的でオシャレだ。
だから、わけわかんなくても読んでいられる。

まきま.png

時々、同じキャラクターが出てくることがある。

け1.png

あ、作者はこのキャラクター好きなんだなと思えると楽しい。
のちに絵本作家になって、そのキャラクターのスピンオフを描いていたりする。


やっぱりおおかみ (こどものとも傑作集)

やっぱりおおかみ (こどものとも傑作集)

  • 出版社/メーカー: 福音館書店
  • 発売日: 1977/04/01
  • メディア: 大型本


村上春樹が惚れ込んで、
デビュー作からして表紙絵を依頼しているというからやはり絵に力があるのだ。
ちなみに「うみべのまち」の推薦帯を村上春樹が書いている。


風の歌を聴け (講談社文庫)

風の歌を聴け (講談社文庫)

  • 作者: 村上春樹
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2016/07/01
  • メディア: Kindle版

「うみべのまち」を読むと、杉浦茂に影響を受けていることがわかる。
後書きを読むと、つげ義春の大ファンでもあるらしい。
ガロの長井勝一に見込まれ、原稿料を貰っていたというから驚きだ。
初掲載から10ヶ月して貰えなくなったらしい。

長井氏の推薦で朝日ジャーナルで不定期連載を始めると、例の神の怒りにふれた。

ささきい1.png

神様は綜合雑誌に一文を寄せて、私のことを「狂人である」と断じ、「朝日ジャーナルは狂人の作品を載せてはならない、ただちに連載を中止すべきである」と主張したのだった。

と、「うみべのまち」の後書きに書いてあるからおだやかでない。
検索したら、神様の怒りを全文引用しているブログがあった。

愛・蔵太の気になるメモ
「漫画家・佐々木マキに言った手塚治虫(マンガの神様)のひどいこと」
https://lovelovedog.hatenadiary.org/entry/20120419/sasaki

読んでみたら、若干イメージと違う。
ブログ主も「ちょっと盛ってる」と評している。
かなり「おこ」なのは確かであるが。

要するに、「漫画って分かるように描くもんだろ。」「分かんないように描いた漫画をありがたがる風潮なんてスタインベルグの昔からあるんだよ。」「それを岡本太郎とかそうそうたる文化人や漫画界の重鎮に分析とかさせてキイイイイイッ!!!「ガロなんて所詮同人誌!」、ということを神様は伝えたかったようだから神々しい。

エヴァンゲリオンがヒットした時、やたら思わせぶりなセリフがいっぱいで深読みさせようとする空虚なアニメが氾濫して辟易したのを思い出した。エヴァがファンの深読みを誘ったのも、庵野秀明の神レベルの演出力あってこそである。

そういう意味で佐々木マキの作画には深読みを誘うものはあると思う。神様的にはそうでは無かったようだ。それにしても岡本太郎の佐々木マキ評は読んでみたい。誰か見つけてくれないかなあ。

け3.png
(画像は藤子不二雄A「まんが道」2巻」)

赤ん坊、精神病のくだりは「新ゴーマニズム宣言」の西部邁を連想した。

ささきい2.png

「戦後、気の変な人の表現・行動をユニークだとかオリジナリティがあると言ってほめたたえるところがあるが、私は狂人にも一抹の魅力があることを認めるためにも、こちらが正気であらねばならないと思う。戦後異端がすばらしくて正統・オーソドキシィが退屈なものであるという大いなる誤解から始まったが…正気というものは面白く魅力あるダイナミックなものだ。人間ってのは常識も正気も正統も歴史によって支えられるんですね。

手塚治虫は佐々木マキを精神病患者扱いはしてないと思うのだが、Gヒコロウ後期のかなり病んだ作風を連想したりもしたので、つげ義春や桜玉吉的な文脈で手塚治虫がそう思ったのもありうることかもしれないとは思った。

私個人の感覚では病んだイメージは全く想像できなかった。
死を描いてはいても、絶望を連想させるようなイメージがあまり出てこなかったせいだと思う。
 
つげ義春的な狂い方ではなく、杉浦茂的な狂い方に私には見えたのである。

 
杉浦茂の摩訶不思議世界 へんなの…

杉浦茂の摩訶不思議世界 へんなの…

  • 出版社/メーカー: 晶文社
  • 発売日: 2009/03/01
  • メディア: 単行本



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漫画オンチの大物漫画家の挫折、峯島正行「近藤日出造の世界」 [漫画の描き方が書かない漫画の描き方]

「劇画」とは何か。
複雑な線、暗い作風、セックス&バイオレンスというのが大方のイメージだろう。
劇画宣言の中心人物である辰巳ヨシヒロの考えは違う。

辰巳ヨシヒロ「劇画漂流」上巻の378-379ページの見開きに注目されたい。
ひでぞう1.png

「コマによって情報量を変えることで、
 読者の読むスピードを場面によって上げたり下げたりさせ臨場感を出す」

という理論が根底にあるというのが私の理解である。
だから、それ以前の漫画はそうではなかったという認識がまず必要。
そんな当たり前の文法が、邪道だとして非難の対象になった時期があったのである。
つまり劇画によって、漫画は漫画になったのだ。

 
※ちなみに1975年に手塚治虫が「ブッダ」等で悲願の文春漫画賞(風刺漫画を対象とした賞)を受賞したとき、選考委員の横山泰三は手塚治虫について「氏は劇画の権威ではあるが」と前置きしている。
 

劇画旋風がさらに強まった1964年のことである。

「なぜ劇画の連中がいるんだ。劇画なんて漫画じゃないんだ。君たちは別に漫画家協会を作ればいいんだ」

めでたい漫画家協会創設のパーティーにて、
初代理事の近藤日出造(こんどうひでぞう)はこう言い放ったという。

言われた劇画漫画家の辰巳ヨシヒロらは小さくなるしかなかった。劇画暮らし
当時の漫画界のボス的存在であった近藤日出造ですら、劇画への認識はこんなものだった。

さらに言えば、近藤日出造は激変する漫画の状況を、全く理解出来ていなかった。
「最近の漫画はダメになった」みたいな、いつの世もありがちな認識に陥って一歩も抜け出せなかった。
そのことが日出造の晩年の没落を加速させるのである。

いせあり.png
(画像は小林よしのり「ゴーマニズム宣言」4巻。 ここで言う「今」とは1994年の事である)

近藤日出造とはなんなのか。
峯島正行「近藤日出造の世界」を読んで、めちゃくちゃ面白かったので紹介したい。


近藤日出造の世界 (1984年) (青蛙選書〈66〉)

近藤日出造の世界 (1984年) (青蛙選書〈66〉)

  • 出版社/メーカー:
  • メディア: -

まず日出造は どんな漫画を描いていたのか。
藤子不二雄の名作「まんが道」には似顔絵描きの達人と説明されている人である。
師匠は岡本太郎の父、岡本一平
当時、大ベストセラーになった一平全集の制作に関わったことで日出造は画力をつけたと言われる。

ふうしぎのうみのナディア3.png

現在読み継がれている作品が特にない。
やはり似顔絵、風刺画の人である。今の感覚で言ったらイラストレーターなのでは。
吹き出し&コマで表現する漫画は少し描いたぐらいで、向いてないと思ったのか諦めたらしい。

感心するのはインタビューの上手さだ。
映画俳優の片岡千恵蔵に会いに行った時のことである、
悪気なく日出造が言った「お若いですね」ひとことで千恵蔵がキレだし、「帰れ」「帰らない」の口論になる。なんと日出造は、そのやりとりをそのまま掲載させた。大評判になったらしい。

右翼の巨頭・黒幕的存在と見られた頭山満に話を聞きに行ったこともある。
「どうしたらこんないい暮らしができるんですか。私も座って人をアゴで使っていい暮らしがしたい。教えてください。」と日出造が言うと、「痛いとこ突きよる」と頭山は答えたという。(後で頭山の信奉者から脅迫状がきた)

ひでぞう4.png

ここだけ見ると気骨の、反権力の人を想像してしまう。
しかし日出造30代のころ、日本は軍国主義の世を迎える。

その時の日出造の態度がどういったものであったのかは細かく考察しなければいけないものであるが、とりあえずドラマチックに「戦争反対!」と叫んで投獄されたりはしていない。戦後、軍部に尻尾を振った漫画家としてたびたび批判されたことは確かである。

疎開するような段階になって初めて日出造は、
この戦争はダメかもしれないと思ったというから、日出造の感覚もダメかもしれない。
まあこの辺は、当時の日本人の普通の感覚だったのだろう。

日出造は風刺漫画家なだけに政治を語る。
しかし村松剛に言わせると「床屋政談レベル」なのだそうだ。

それが逆に庶民感覚と一致したのだろうか。
戦後はテレビのトークショーにも出演して好評。
文化人としても一流。漫画の仕事も安泰だった。

現在の漫画好きにはなかなか理解し難いことなのだが、戦後もしばらくは漫画と言えば風刺漫画のことだったそうだ。それが1959年、辰巳ヨシヒロの「劇画宣言」をきっかけに、一変する。手塚治虫フリークだった辰巳が、子供漫画の1ジャンルであったストーリー漫画を進化させる形で劇画を提唱。これが爆発的に読者に支持され、風刺漫画家や、古い子供漫画を描いていた作家は駆逐されていく。

風刺漫画初の週刊誌として創刊された週刊漫画サンデー(週刊少年サンデーでは無い)初代編集長であり、のちに「近藤日出造の世界」を執筆する峯島正行は、日出造に危機を訴えた。結局、峯島が編集長を降りた後の漫画サンデーも、劇画路線になってしまう運命にあった。

そんなご時世だったが、日出造は取り合わない。

「ナンセンス漫画は押し込まれて無くなるようなチャチなものじゃない。
 現に俺も杉浦横山も、仕事がありすぎて徹夜しても間に合わない。
 実力のある漫画家は生きていける。」

だが、何か心に引っかかるものがあったようである。
近藤日出造はかつて編集統括者として発行していた雑誌「漫画」を復刊させる。
1967年のことである。

日出造のコンセプトはこうだ。
「100人いたら真に面白い漫画を解る読者は5人。あとの95人は相手にしない!」

奇しくも前年に手塚治虫が「まんがエリートのためのまんが専門誌」、「COM」を創刊したばかりである。

驚くのは、それで3、40万部売れると日出造は見込んでいたというのだ。
風刺漫画雑誌の老舗、「漫画讀本」ですら最盛期に30万部らしい。
その漫画讀本も3年後に休刊するのが当時の漫画業界である。
とんでもないボケっぷりだ。

さらに日出造が起用した漫画家はベテランの風刺漫画家ばかりで新人がいなかった。
峯島は、戦前の雑誌「漫画」がそのまま蘇ったようだと戦慄した。

雑誌のフォーマットが、大型A4サイズで高級な紙を使い60ページの薄さ。
当時の本屋さんが取り扱いに困るサイズだったという。

返本が3割超えるような雑誌は作らないと豪語する日出造だったが、五万部印刷して7000部しか売れなかった。じゃあ一万部刷ればいいんじゃねと減らしてみれば、今度は2000部しか売れなかったという。日出造の雑誌は1年保たなかった。スポンサーが用意した資金を遥かに超える、2000万円が負債として残った。

そしてその翌年、風刺漫画家を育成すべく作られた日本初の漫画専門学校、「東京デザインカレッジ」が4年で廃校に。2億とも7億とも言われる常識外れな負債を、連帯保証人のハンコをついていた風刺漫画家たちが背負うことになった。「近藤日出造の世界」によると、廃校で日出造がかぶった負債は3000万円だという。

タイミング悪く、日出造の長期連載も次々と終了していった。
借金を返すために、日出造は漫画を使ったPRを請け負う会社を作る。

「漫画」のアンケートハガキを、あの笹川良一が書いてきたことから営業をかけにいった。

ひでぞう2.png
(画像は、意外な大物がアンケートハガキを書いてきた「ドラゴンクエストへの道」

そしたら話に自民党まで乗り出してきて、仕事につながる。

会社というものは権威が大好きである。
一流文化人として知られていた日出造は、そうやって仕事を受注していった。
その中には原発をPRする仕事もあり、日出造の死後に起こったチェルノブイリ原発事故によって、悪い意味で日出造に注目が集まったりもした。

ひでぞう3.png
(画像は「図説 危険な話」

「原子力の構造は普通の人には分からないのだから、専門家に任せなさい。」
こんなコメントを、日出造は広告に寄せたりもしていた。

日出造が死んだ時、借金はまだ4万円残っていたという。

日出造の死後、辰巳ヨシヒロは「週刊読売」から原稿の依頼をされる。
その編集長は日出造の息子、汎(ひろし)だった。
商家の跡取りと見込まれ、進学が許されず生涯学歴コンプレックスを負った日出造にとって、東大を出た汎は自慢の息子だった。

そんな息子から見た父・日出造は、
家族が重たい家具を動かしていても我関せずと新聞を読み耽るような人柄だったという。

夜遊びの酒も付き合いで飲むというほどで、仲間からはからかわれるほど女遊びもしなかった日出造だが、愛人に夢中になり、妻に離婚を迫ったこともあった。妻は自身が敵わないと思った漫画家、横山隆一の妹である。

嘱託社員として雇用された読売新聞に、その愛人を秘書として出入りさせることも許されるほど大家であり、溺れていた日出造だったが肉体関係は無く、愛人にもその辺に葛藤があったという。そういうことは結婚してからだという考えがあったのだろう。

「手を握るだけでドキドキした」
いい大人が、漫画家仲間にそんなことを語っていたという。

師匠の岡本一平に言われた言葉、
「カタグソ(硬糞)になるなよ」を、日出造は生涯の教訓としていたが、とにかく融通の効かない人だったようだ。

ひでぞう5.png
(画像は村上もとか「フイチン再見!」2巻に登場する近藤日出造)
 
流行った漫画が一過性で終わることもあるだろう。
しかし若い人には若い人の漫画があり、それが漫画の未来を作っていくことを心に留めておかないといけないと思う。

50年後は、スマホで始まった縦読み漫画が当たり前の世の中になり、紙で漫画を読むなんて理解出来ない時代になっていてもおかしくない。

あなたは今現在、近藤日出造になってない自信があるだろうか。

 

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エロ表現抗議の行き着く先とは。炎上「骸骨騎士様、只今異世界へお出かけ中」 [漫画の描き方が書かない漫画の描き方]

前回、アート作品の写真を引用したら、
Twitterからセンシティブだと初めて警告喰らった。
ようするにセンスがアレだと。セブンセンシティブだと。

世界が認めた高額アートなのに。。。

とあるアニメの動画をフェミニストが拡散して議論を巻き起こしている。
これをタイムラインにリポストして流すってのも大概だな。
こういうのはハレンチ学園の時代から、宣伝にしかならないのに。

やらc8.png
(画像は土田世紀「編集王」14巻

調べてみたら、
そのアニメは「骸骨騎士様、只今異世界へお出かけ中」というなろう小説が原作だった。
去年の6月までローカル局の深夜に放送されてたらしい。全然知らなかった。

…ゾーンニング完璧なのでは?


第1話 流浪の騎士、世直し旅にて候ふ

第1話 流浪の騎士、世直し旅にて候ふ

  • 出版社/メーカー:
  • 発売日: 2022/04/08
  • メディア: Prime Video

U-NEXTで本編を見ることができた(ほら宣伝になってる)
問題のシーンのあとすぐ悪人の行為は未遂に終わり、
正義の味方が登場して、悪人が盛大にぶっ殺されるというお決まりの展開になる。
こういう奴らはぶっ殺されて当然と思うのでスカッとする。

乱暴シーンというのは
「ジェットコースタードラマ」と呼ばれたTV番組が流行った30年ぐらい前に、めちゃくちゃ量産されていたイメージがある。漫画だとスピリッツで、国友やすゆき、六田登、原秀則とかやたら見た印象。その辺は安易で陳腐で辟易すると当時思っていた。

近年、本宮ひろ志の漫画で、飢えた主人公が物語の開始早々に腰の曲がった婆さんを襲うというシーンがあって(未遂)衝撃を受けた。男はこれぐらい危険だよと普段から啓蒙しておけば、その気もないのに深夜に男の部屋に行くなんて女性も減ることでしょう。

今回フェミニストの目に止まったのは、
オタクっぽく脚色された演出が許せんということなのだろう。
ありふれた展開だからバリエーションが色々できるわな。

正直言って作品に興味を惹かれないので、悪人が退治されたあと試聴は中断したのだが、
アニメーションとしてはよく出来ていると思う。
作品のオープニング部分なので、腕のあるアニメーターを使って気合を入れて作画しているのだろう。

問題のシーンは深刻さが足りないからダメという意見もある。
じゃあ、お殿様が腰元の帯をグルグル回すのも禁止だな!

ところで、
仮にこのアニメが不健全だと取り締られたとして、抗議する人の戦いは終わるのか。
終わらない。

このあいだ、戦後初の摘発されたワイセツ漫画、
横山泰三の「噂の皇居前広場」について書いたけども、
ブログで初めて知った人は「え?これで?」と思った人が多かったのではないか。

まがったことが大嫌い1.png

さらにキスシーンを描いて批判が殺到したという手塚治虫の「拳銃天使」がこれ。

やらc1.png

1958年連載開始の上田としこ「お初ちゃん」は男女の不純異性交遊をそそのかす有害漫画だとして、全国青少年育成父母の会から糾弾された。(画像は村上もとか「フイチン再見!」9巻

フイチンさん.png

エロ表現に慣れていないと、
こんなレベルでもワイセツに思えてしまうものなのだ。

やらc2.jpeg
(画像は鳥山明「ドラゴンボール」2巻

取り締まって取り締まって、
最終的には辞書のエロい文字を見てコーフンする人もいるので禁止されることになるだろう。
「強姦」という文字があるから、真似する人が出てくるんだ!という考え、一理ある。

やらc3.png
(画像は桜玉吉「しあわせのかたち」

まあツイッターフェミニストは、
最終的にこの世からエロを一掃するのが目標
異性に欲情しない世の中を目指しているのだから問題ないか。
こんど聞いてごらん。「そうだよ」って言うから。

「男女七歳にして席を同じうせず」という、戦前の価値観すら通過点。
自由恋愛なんてはしたない。親が決めた相手とお見合いするもんだという流れに逆戻りするのだろう。
歴史は繰り返す。

考えてみると不思議である。
わたしゃ有名フェミニスト仁藤夢乃さんの「難民高校生」を読んだ(おじいちゃんが死ぬシーンで泣いたりもした)ことがあるのだが、それ読んだ限りでは、彼女は親や学校の先生の言いつけなんか守る人ではなく、盛場に出入りしてかなり際どいこともしながら自由を謳歌していた人であったという。

アルテイシアさんも、峰なゆかも、瀧波ユカリも、俺レベルから見たらかなり性経験が進んだ人たちである。そういう人たちが親の年齢になると、かつて反発した人たちと同じようなことを言い出してしまうのは奇妙な傾向である。

以前ブログに、
「モテる仕草というのは男尊女卑的でセクハラ的なものであるから、フェミニズムと相性が悪い」みたいなことを書いた。やはり恋愛の第一線から退いた「加齢」というのがツイッターフェミニズムに傾倒していく要因なのだろう。

 
最初にショックを受けたエロシーンが性癖としてインプットされる、
俗に言う「第一撃」になったらどうすんだと言う話もある。
実際トラウマになることもあるのだろうが、あまり俺は信用していない。

やらc4.jpeg
(画像は弘兼憲史「課長島耕作」7巻

親があんまりだと思って隠していたエロ劇画を、
保育園だったか幼稚園だったかの頃、しっかり見つけ出して読んでいた。
とにかく漫画と呼ばれるものは手当たり次第読んでいたのである。
最近それが、小池一夫/池上遼一の「アイウエオボーイ」だと判明した。
相当過激な内容である。間違っても保育園幼稚園児に与えていけないと思う。


で、
そのアイウエオボーイに描かれていたように、
いま女性を縛ることに興奮するかといえば、全然そんなことはない。

さらに言えば自分がセックスという概念を認識したのは中学生の頃。
周囲より全然遅れていた。

姉が腐女子で、
家に友達を招いて同人誌を作っていたので、「男だけがエロ漫画を描くのだ」というツイッターフェミニストにありがちな女性蔑視もない。のちにその腐女子の彼女らが性犯罪を犯したと言う話も、ツイッターフェミニストになったという話も聞かない。

エロ漫画を描いていた漫画家の子供が、
どう親の漫画に向き合ったかという話は面白い。

1991年に青少年保護育成条例で有害コミック指定を受けた山本直樹の娘の話が、田中圭一の「ペンと箸」に掲載されている。

やらc5.jpeg

本宮ひろ志「実録たかされ」では、子供がいじめにあっていたが、本人が自分の力でそれを乗り越えていたという本宮の家庭の話が明かされる。

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浪花愛の「来訪者シリーズ」の同人誌版(来訪者同人スペシャル21)では、
長男が「お母さんが男同士のえっちな漫画を描くのは嫌だなあ」と父親に本音を吐露するシーンが印象的。

やらc7.jpeg
※画像リンクは商業誌版

話をまとめる。
問題になったアニメのシーンは、あまりツイッターには出してくれるなとは思う。
世の中はどうせ規制の方向に向かうのだろうから、それを悪戯に早めてしまうのは好ましくない。

しかし動画としては良い仕事をしてるなとは思う。
この類は春画のように、後世に一定の評価を得るジャンルになるのかもしれない。
春画には江戸時代に生きていた人間の生々しいリアル、本音がある。
スケベを描かないということは、人間の本質を描かないということでもある。

ツイッターフェミニストは良識しか描いてはダメだという論調になりがち。
漫画は娯楽であり、息抜きであり、リラックスできるものである。
意識高いものを書けば、世の中の評価も比例して高くなるだろうという考えは無責任で単純すぎる。

結局のところ、
異性に対する興味が全てなのではないかと最近思ったりもする。

やらc9.png
(画像は土田世紀「編集王」5巻

作品に散見される涙ぐましい仕込みの努力。
それを軽く全否定するアルテイシアさんとか特に憤りを覚える。
かつてはエロエロキャンディとか歌ってた人なのにね。

そのうちキャンセルカルチャーに熱心な人を、
キャンセルカルチャー全開で追い落とす記事を書いてみたいと思っている。
 


春画にハマりまして。

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  • 作者: 春画ール
  • 出版社/メーカー: CCCメディアハウス
  • 発売日: 2021/03/31
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



国境のエミーリャ(5) (ゲッサン少年サンデーコミックス)

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  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2021/12/10
  • メディア: Kindle版



遊仙窟 (岩波文庫)

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  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1990/01/16
  • メディア: 文庫



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海洋堂にダメ出しされまくるアーティスト、村上隆「芸術起業論」 [漫画の描き方が書かない漫画の描き方]

20年ぐらい前、
村上隆という芸術家が作りしアニメ風の立像が、
海外のアート界で評価されて何千万という価格で落札されたことがあった。

日本の有名原型師が海外のアート界で認められたという話なら良かったのだが、
その立像のお顔は極めて安っぽく、しかもそれが精子や母乳を大量に飛ばしているオゲヒンさだったのである。(参考画像を貼ったらTwitterからセンシティブだと初警告受けたので削除)
 

下手くその悪ふざけが海外で日本のアートとして評価されちゃったみたいな感じだった。

賛否を巻き起こした。
大塚英志は「潰していく」と発言したというし、
細野不二彦は「ギャラリーフェイク」22巻(文庫16)の中でパクリ屋だと批判的に取り上げた。

むらかみひろあきです2.png

一方、逆輸入的に村上隆は持て囃されもした。
作品がTV局のイメージキャラクターみたいなことになったり、
タレントとしてあちこちの番組に出演したり、
ルイヴィトンとのコラボグッズを持ち歩く人をよく見かけた。

最近は落ち着いたのか昔ほど活動が聞こえてこないのだが、
ジョジョリオンのスタンドにそれっぽいのが出てきたのが最も偉大な爪痕だと私は思う。

むらかみひろあきです3.png

山田五郎のYouTubeチャンネルを見ていたら、
村上隆は、ちゃんと作戦を立てて海外で成功してるから著書は読んでみたほうがいい」みたいなことを言っていて興味が湧いたので「芸術起業論」という本を読んでみた。そしたら面白かった。作品に対する批判的な印象は変わらないのだけど。

芸術起業論 (幻冬舎文庫)

芸術起業論 (幻冬舎文庫)

  • 作者: 村上隆
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2018/12/06
  • メディア: Kindle版

「芸術起業論」を意訳すると、

例えばジャンプ漫画に掲載されて人気を得るためには、集英社や読者がどういう作品が望んでいるのか、流行り廃りを調べて考えないといけない。アートの現実も全く同じ。天啓に従って好き勝手に表現したものが認められる可能性は低い。

…ということ。
海外で認められるには、海外のアート市場を知らないといけないと。
まあ当たり前の話だ。

ゼニカネ絡めて語ってくれているので、
そういう発想がなかった芸術オンチの私には非常にわかりやすい。

発想がなかったとは言っても、
よくよく考えると「開運!!なんでも鑑定団」をゼニカネ視点で楽しんでる人は大勢いるわけで、箱書きとか、市場とか、逸話とか、出回った数とか、作者の人間性とか、そういうところまでセルフプロデュースしないといけないというのは、まあ分かる話である。

で、「ギャラリーフェイク」「村上隆」で検索したら出てきた、ギャラリーフェイクに対する反論。
https://cerealyogurt.hatenablog.com/entry/20100916/1284591652

それに反論するレスも長々と付けられていて興味深く読んだ。
ギャラリーフェイクの村上隆批判も、それなりの文脈があるということが分かる。

これは漫画でいうところの、
スマホの縦読み漫画&ネーム横書き漫画にしないと日本は置いてかれる論争みたいなことだ。
やりたい人は縦読みやればいいけど、俺は今の漫画スタイルが好き。
今回の話もそこに落ち着くのだろう。

日本からは何だかんだ言われても、アメコミは基本アメコミのままでいるように思う。
バンド・デシネも同様だ。

コミックのスタイルは統一されるものではなく、国によって違って当たり前なのかもしれない。
言語が違って当たり前で統一される日が来ないように。
スマホスタイルも覇権ではなく、ウェブ世代の1スタイルとして落ち着くのかもしれない。

話が逸れた。
ということで、村上隆は芸術家志望者の選択肢を増やしたと言える。
メジャーリーグに挑戦して成功した野茂英雄であったのだろう。
本を読むまで全然知らなかったのだが、代理人みたいなこともやって、若手のアーティストを世に送り出すみたいなこともやっていたらしい。

本を読むと、ウォーホルバンクシーがなぜ評価されているのか、分かったような気になる。

 
他に芸術起業論で一番面白かったのが、海洋堂の宮脇修一にダメ出しされまくるところ。

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(画像は鈴木みそ「オールナイトライブ」6巻

世界初の等身大フィギュアを作りたいと岡田斗司夫に相談したら海洋堂を紹介してもらえたのだが、もう読んでいて爆笑だ。

「岡田先生、コイツはダメですよ。まったくわかっていない。

「うちに来ないでまずボークスに行くこと自体が超ド素人ですな。まちがっとる!

「ムラカミさん、とにかくボーメは、あんたの企画をやりたくないと言っている。

「あんたのような他所者に魂を売り渡したくない。

「そもそも、あんたはオタクというものが何か、まったくわかっていない

ですよねー!
と思うしかない。それでも、

「あのスピーチは岡田先生のプレゼンの中でも最高のものだ。なぜ、あんたなんかのために、あそこまで言ってくれるのか。そこまで岡田先生がやりたいと言うなら脈ありなのだろうし、これはやっぱり海洋堂としてやるべき事業なのだろう。と言わせてしまうあたり、さすがトシちゃんの審美眼はすごいと思う。

ちなみにその後も色々あって、
結局半分見放されるような感じで等身大フィギュアの調整をボランティア学生たちとやっていると、海洋堂の当時の社長の目に留まり、

「こんな滅茶苦茶くだらないことに、若い衆が十五人も集まってきている…おもしろい!
 ちょっと、銭湯に行きませんか?」

となったことから再び海洋堂のバックアップを受ける。
「ふしぎの海のナディア」みたいだ!

アニメ「ふしぎの海のナディア」に登場する潜水艦には銭湯があり、ヒロインのナディアに副船長のエレクトラが「それじゃあお風呂に行きましょうか」(CV:井上喜久子/当時17歳オイオイ)と言ってお互い裸で話し合いをすると言うシーンがある。これは当時のガイナックスの兄弟会社の社長が、揉め事が起こった時によく使う技が元ネタだったという。名著「ふしぎの海のナディアロマンアルバム」で庵野秀明が解説している。

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むらかみひろあきです4.png

今回、ブログを書くにあたって色々調べていて知ったのだが、
そもそも村上隆のアニメ風の立像も、中原浩大というアーティストがガレージキットを美術館に展示した「ナディア」に影響を受けたものだったというから驚きだ。というか、ますます細野不二彦が批判するところのパクリ感が増したような気もする。

たいよう.png
(画像は雑誌「太陽 1993年11月号 特集 現代美術入門講座」)

つまりナディアすげえ、ガイナックスすげえ、トシちゃんすげえ。
そういう結論になる。


ふしぎの海のナディア Blu-ray BOX STANDARD EDITION

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  • 出版社/メーカー: キングレコード
  • 発売日: 2020/12/16
  • メディア: Blu-ray



ふしぎの海のナディア N-ノーチラス号 with ノーチラス号 DXセット 全長約333mm 1/1000スケール プラモデル KP547

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  • 出版社/メーカー: 壽屋(KOTOBUKIYA)
  • 発売日: 2021/07/28
  • メディア: おもちゃ&ホビー



ベルファイン ふしぎの海のナディア ナディアメカニックコレクション ノンスケール プラモデル BP007 成形色

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  • 出版社/メーカー: ベルファイン(BellFine)
  • 発売日: 2022/01/28
  • メディア: おもちゃ&ホビー



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ヨーヨーで戦う女漫画!棚下照生「めくらのお市物語」 [名作紹介]

画像検索で出てきた棚下照生(たなかてるお)という古い漫画家の1コマが気になった。

イメクラの.jpg

検索してみたが、現在安価で手に入る漫画ではないようだ。

イメクラの2.jpg

全集ブームの頃に出版された「現代コミック」シリーズをたまたま買っていたのだが、
その7巻が棚下照生モンキー・パンチとセット)だったので読んでみる。

まず、目についたあのカットの漫画は収録されていなかった。
黄桜のカッパを描いた小島功みたいな絵だと思う。

棚下照生の収録作品は、
全て「めくらのお市物語」という作品のエピソード。

蒼き狼の群
燃えろ大地
野火
ねじれ花

ちなみに巻末解説は野坂昭如

綾瀬はるかの映画とは関係ないらしいが、
ボンカレーの松山容子主演で4度も映画化されている。
松山は棚下照生と結婚している!

U-NEXTで配信されていたので少し見てみた。
殺陣は良かったが、衣装が由美かおるの水戸黄門を連想させるような古い時代劇だったので残念。 リメイクしてくれないかな。

イメクラの3.jpg

話を原作漫画に戻すが、
「めくらのお市物語」は座頭市をベースに、白土三平チックに支配階級による搾取を描いている。

イメクラの4.jpeg

主人公のお市は無限の住人の百琳姉さんみたいなサバサバした感じかと思ったら、ちょっとウェットな重いキャラクターだった。男に襲われて、好きだと言ってくれたら身を任せる、みたいなことを言い出す。

イメクラの7.png

それで事後、好意を確認してダメだと分かると落ち込む。
そして追ってすがる。重い…。

イメクラの8.png

気になったのはヨーヨーを武器にした女キャラクターがいたこと。
名前は「お侠(きょう)」!ビー玉を使いそうな名前だ。

イメクラの6.jpeg

ヨーヨーといえばスケバン刑事だが、あれは1976年連載開始の漫画。
このお侠が出てくる漫画は1967年なので、
ひょっとしたら初のヨーヨー武器の女キャラなのかもしれない。

残念ながら、ヨーヨーを武器にするキャラクター自体はこれが初ではなく、
1961年連載開始の白土三平「サスケ」の敵キャラクター(男)としてすでに描かれているという情報をいただいた。
これ以前にもあるのかもしれない。

棚下照生は長谷邦夫の「伝説 トキワ荘の真実」で主役として登場する。
途中から変な展開になっていく漫画なのだが、つげ義春の影響なのかもしれない。
棚下は孤立していく寺田ヒロオが唯一心を開ける人物だったらしい。

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