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裁判中に千秋でアニメ化。ノンタンといっしょだった漫画家、オオトモヨシヤス [あの人は今]

劇画の祖、辰巳ヨシヒロの自伝的漫画「劇画漂流」に、
オオトモヨシヤスという名前が出てくる。
オオトモヨシヤスは漫画家の弟子なのだが、その後どうなったかは分からないまま。

ひどいよノンタン1.jpg

あとで劇画漂流の文章版「劇画暮らし」を読んだら、
オオトモヨシヤスがのちのノンタンの作者と書かれていて、ビビってたじろいだ。
ひどいよノンタンひどいよ。

ひどいよノンタン2.jpg
辰巳ヨシヒロはいわゆる天才漫画少年だった。
手塚治虫や大城のぼるが原稿を預かって、出版化を交渉するぐらいの天才。

ちなみに大城のぼるについて説明しておくと、
手塚より先に漫画に映画的手法を持ち込んだとも言われる漫画家。
オオトモヨシヤスはその大城の内弟子の一人。
多忙な大城はオオトモに代筆させて、辰巳と交流をしていた。

横山光輝「闇におどる猫」に出演するオオトモヨシヤス。
オオトモ.jpg 
岸本は岸本修

そんなオオトモさんが描いたと劇画漂流に書かれているノンタン。
千秋が声優を務めたアニメ版で記憶している人も多いのでは無いでしょうか。
子供の頃にアンパンマンと同じぐらい何度も読み返しましたけども、
正直言って作者の名前を意識したことはありませんでした。



改めてネットで書影を確認してみると、表紙に書かれた名前はキヨノサチコ
オオトモヨシヤスの名前はどこにもありません。

ノンタン.jpg

ウィキを調べてみたら、オオトモヨシヤスは本名が大友義康。
大友はキヨノサチコの元旦那さんで、漫画の師弟関係でもあったそう。
「二人でノンタン」という本も出している。共同執筆者だったのだ。

しかし離婚をきっかけに著作権をめぐって9年間も争う裁判に。
大友の死後、キヨノが勝訴してノンタンの著作権者に一本化されたと書いてありました。

裁判が始まったのが1990年で結審したのが1999年。
千秋版が放送されたのが1992年から1994年の間だったという。
よくアニメ化できたな!
 
アニメのオープニングには原作者の表記がなかった。


ウィキによると、ノンタンの累計発行部数は3300万部超え。
一冊で100万部超えてるのもたくさん。200万部超えもある。
すごいよノンタンすごいよ。

 
オオトモヨシヤスは裁判中の1995年に61歳で他界。
キヨノサチコは2008年に60歳で亡くなる。
ウィキには二人でノンタンの原型となる企画の持ち込みをしたとあるが、
公式のノンタン誕生のページにはオオトモヨシヤスの名前は無い。

ノンタン2.jpg

ひどいよノンタンひどいよ。


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  • 発売日: 2020/04/01
  • メディア: 単行本



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コメント 2

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ノンタンの友達に狸がいるのは、狐だった名残なんだろうなと思ってます。
しかし、作者サイドがそんなにドロドロだったとは。
by お名前(必須) (2024-02-09 01:27) 

hondanamotiaruki

アニメ化の時は調整が大変だったろうなあ。
いつか「二人でノンタン」は読んでみたいですね。
by hondanamotiaruki (2024-02-09 08:53) 

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