その忍法は悪魔超人が受け継いだ?堀江卓の「忍法十番勝負」 [名作紹介]
「伊賀の影丸」について調べてく流れで気になった「忍法十番勝負」という作品。
著者名は横山光輝となっているが、よく見ると漫画家10名によるリレー漫画なのだ。
こんな順番になっている。
堀江卓(ほりえたく)1925-2007
藤子不二雄(ふじこふじお)1934-2022
松本あきら(まつもとあきら)1938-2023
古城武司(こしろたけし)1938-2006
桑田次郎(くわたじろう)1935-2020
一峰大二(かずみねだいじ)1935-2020
白土三平(しらとさんぺい)1932-2021
小沢さとる(おざわさとる)1936-
石森章太郎(いしもりしょうたろう)1938-1998
横山光輝(よこやまみつてる)1934-2004
名前は全て当時のもの。松本あきらは松本零士だ。
なんと「青の6号」の小沢さとる以外は全て故人になってしまった。
ちなみにこの漫画の小沢さとるの絵は伊賀の影丸時の横山光輝そっくり。伊賀丸というキャラクターが出てくる。
単行本の初版は1966年。購入したのは1979年の42刷。めちゃくちゃ売れてた。
よくよく調べたらAmazonで新品も購入できる。
まだ刷ってるのかよ!
いま何刷なんだ?置いてくれる本屋あるのか?
(2010年50刷が存在する書き込みがTwitterにある)
当然中古しかないだろうと思い込んで中古で購入したのだが、かえって高くついたのだった。
秋田書店は「サイボーグ009」や「がきデカ」などもいまだに刷り続けているらしい。
そういえば4年前に「マカロニほうれん荘」を新品で大人買いしたな。1巻62刷だった。
10人の中で最も印象に残ったのはトップバッターの堀江卓「一番勝負」。
やけにノリの軽い忍者がかっこいい。モンキー・パンチみたい。
最後は忍法ペストにやられて唐突に死んでしまう。
その技は危険すぎるだろ!
ゲームブックで選択に失敗したみたいなオチだった。
ゆでたまご「キン肉マン」のザ・ニンジャが使う「忍法顔うつし」という技があるが、
その元ネタと思われるコマも堀江卓の一番勝負の中に発見。
一峰大二の「六番勝負」に出てくる技、「忍法かすみ龍」はどういう理屈の技かよく分からないが、カメハメ波的な肉体飛び道具の元祖なのかもしれない。煙のような龍が出てきて相手の武器を絡めとる忍術だ。ゆでたまごの「闘将!!ラーメンマン」の猛虎百歩拳に似てないこともない。
自分にとって堀江卓は学研まんが伝記or名作シリーズでよく見ていた漫画家。
「聖徳太子」「水戸黄門」「狼王ロボ」「銀ギツネ物語」など。
複数人作家による連作、「学研まんが日本の歴史」でも数巻描いている。
基本的に絵が達者な人だと思うのだが、学研まんがの頃の作風は少しデフォルメがキツイ。
アメリカンカートゥーン的だ。
ガンガン絵柄が変わっていくタイプの漫画家らしく、この先はもっとリアル系になっていったようだ。かなりやり過ぎな気がするが。。。自分的に忍法十番勝負の絵柄がちょうどよく感じる。
銀ギツネ物語は子供の頃、何度も読み返した。
下の画像は堀江卓による中表紙で、本表紙は石ノ森章太郎が描いている。
埋まってしまった子供たちを助けるために、血を滲ませながら前足で土砂を掻き出す描写が痛々しく切ない。
堀江卓の作品は、現在Kindle Unlimitedで多くの作品が読むことができる。
忍法十番勝負はトゥギャザッターに掲載順や細かいバージョン違いの話などが綴られていた。深すぎる。
恥ずかしくて素顔をさらせない時代に読む、横山光輝「仮面の忍者赤影」 [名作紹介]
伊賀の影丸に続いて、横山光輝「仮面の忍者赤影」を読んだ。
購入した文庫版は全2巻。
新品で一冊8000円以上するオリジナル完全版全2巻という版もある。
いろんな赤影があるけども、自分にとっては1987年代のアニメ版のイメージ。
世間にもっともヒットした赤影は、1967年のTVドラマ版なのだと思う。
横山光輝の漫画版も、このTVドラマ版の企画を成立させるために始まったのだそうだ。
わざわざ大ヒット作の「伊賀の影丸」を終了させて、
わずか5週間後に赤影の連載を始めたというからよく分からん話だ。
当初のタイトルは「飛騨の赤影」。
「仮面の忍者」というコンセプトは
横山光輝と東映、どちらの発案なのだろうか興味深い。
普通、忍者というものは目元以外を隠すものだけど、赤影は目元だけ隠す。斬新忍者だ。
TVドラマ版はマスカレードな仮面で、ひたい部分に電撃を発する宝石が埋め込まれている。
漫画版は普通の布。帯に目穴を開けただけのもので怪傑ゾロスタイルだ。
布の赤色は、モノクロ原稿ではベタで表現している。
1972年のアニメ「ど根性ガエル」で、
なぜか赤影みたいな扮装をしている五郎というキャラクターがいる。
あれは原作漫画で帽子の影としてベタ処理していた部分を、アニメーターがつい赤く塗ってしまったら、誰も違和感を覚えずそのまま定着してしまったということらしい。赤影の刷り込みは、それぐらい強烈だったということなのではないだろうか。
赤影はなんのためにそんな仮面をつけているのか。
とりあえず最初の原作者版漫画では一切理由が語られていない。
戦闘用の道具として使うこともある。
仮面を外す際に「最後の手段」と発言したり、
仲間の青影を見かけて、声をかける前に外した仮面を装着したりと、
仲間にすら素顔を晒すことを警戒している風でもある。
傷ついた民家で介抱される時はさすがに仮面を外しているのだが、
よく見ると色々工夫を凝らして顔を隠そうとしている。
読者にすら素顔を見られるのが嫌なようで、なんか萌えてしまう。
これが聖闘士星矢における、
女聖闘士が素顔を見られたくない設定の元ネタなのだろうか。
…それは違うと思うけども。
こないだ調べた車田正美に与えた「伊賀の影丸」の影響は、赤影にも存在した。
それは「風魔の小次郎」2巻、
「落ちたら助からない崖」に
「本当に助からないのか落ちて確かめてみる」という変なシーンだ。魔女裁判かよ。
結局どちらの崖も、落ちても誰も死なない。
「聖闘士に一度見せた技は二度通用しない」は、
バトル漫画にとんでもない制約を課した聖闘士星矢の謎設定。
「無茶だけどこれは心意気であり、聖闘士のプライドなのだ」という解説をどこかで読んで、感心したおぼえがある。空手家で時々「ちゃんと練習していれば金的は食らわない」と言い出す選手がいるが、それと似てる気もする。
赤影にも「おなじ術を二度使うのは死を意味するぞ」というセリフが存在する。
しかしこれは聖闘士星矢とは若干ニュアンスが異なる。
そもそも聖闘士星矢の「二度通用しない」の設定登場(一輝vs氷河)前に、
「一度見ただけで技の弱点を見抜くとは!」みたいなセリフ(星矢vs紫龍)があり、
矛盾していることからこの設定は車田正美即興の思いつき設定という見方もできる。
肝心の「仮面の忍者赤影」の内容の感想だが、あまり伊賀の影丸と大差ない。
話の冒頭から中盤は、赤影と青影の個人戦の比重が高いけども、
後半は仲間の忍者が活躍し出して伊賀の影丸っぽい団体戦なっている。
文庫版1巻の敵忍者、霞谷七人衆は状況判断で度々ミスを起こしていて弱いイメージがあるが、
文庫版2巻に登場する「うつぼ忍者」は怖い。特に宇宙人みたいな顔した首領が不気味だ。
うつぼ忍者たちに仕事を依頼するため、紹介状を持って里を訪ねてきた3名様の武士団を、
一人いれば用件が分かるからと他2人は殺してしまい、残った一人も依頼内容が分かったら毒殺してしまう。ちょっとえげつなさすぎで、何か出典があるのかもしれない。
そんなうつぼ忍者首領の最後はあっけない。
形成不利と見て逃走した先で、罠にかかって声を上げる。
背後から首領の悲鳴を聞く赤影の脱力した表情が味わい深い。
首領はそこから逃れようとしてまた罠に引っかかり死ぬ。
うつぼ忍者への紹介状を書いた狂馬という存在も謎のままで、ちょっと打ち切り感がある。
「仮面の忍者赤影」文庫版1巻の解説は、
映画「レッドシャドー赤影」の脚本を手がけた斉藤ひろし。
そもそも映画公開に合わせて文庫化がされたようだ。
2巻解説は「飛騨忍者・秀長」という著作がある若桜木虔(わかさきけん)。
映画版のコンセプトは仮面なし、基本的に人を殺さない忍者という、
とてもじゃないが多くのファンにとって許されざる脚色が加えられている。
文庫版にはその辺の事情も解説文に書いている。
一応仮面は試作したが、良いものが出来なかったらしい。
結果的に、レッドシャドーは評価も興行成績も芳しくなかったが、ウィキペディアで斉藤氏のフィルモグラフィーを確認すると、さらに後年に実写映画「鉄人28号」の脚本も手がけていた。光プロダクションとの関係は悪くならなかったようである。もっとも実写映画「鉄人28号」の評価も散々だったが。。。
ちなみに私はレッドシャドーと鉄人、両作品とも劇場に観に行きました。
斉藤ひろし脚本の「SFサムライフィクション」が大好きで、DVDを二枚買うぐらいだったので、レッドシャドー赤影はそこそこ好きな部分もある。当時、旧態依然としていた東映時代劇村のルールと戦うという裏コンセプトがあったのだ。が、やはりなぜ仮面をつけないのだという不満は払拭されなかった。鉄人は内容を全然覚えていない。
この後、続いて「新・仮面の忍者赤影」も読んだ。
これがまた意外な面白さがあったのである。
続く。
SF サムライフィクション+ノンフィクション ~Collecter’s Edition~ [DVD]
- 出版社/メーカー: ポニーキャニオン
- 発売日: 2002/04/24
- メディア: DVD
釣りキチ三平の由来でもある白土三平、その代表作「忍者武芸帖影丸伝」を読む [名作紹介]
忍者武芸帳 影丸伝 文庫版 コミック 全8巻完結セット (小学館文庫)
- 作者: 三平, 白土
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 1997/09/01
- メディア: 文庫
こないだ「伊賀の影丸」が車田正美に与えた影響について調べてみたが、
車田正美は白土三平の作品からも引用が見られると見聞きしていたので、
その作品である「忍者武芸帳影丸伝」の小学館文庫全8巻も読んでみた。
車田正美が白土三平から引用したと言われているのは以下の2箇所。
忍者武芸帳小学館文庫版5巻、
岩魚(イワナ)という忍者の少年時代、海中に没した母に会いにいくというシーン。
同世代には説明不要だろう。
聖闘士星矢でキグナス氷河がマーマに会いにいくシーンの元ネタだ。
NAVSEGDA=ロシア語で「永遠に」
さらに忍者武芸帳には、
蔵六(ぞうろく)という、亀のように首を引っ込めることができる忍者が登場する。
蔵六とは4本の足と頭と尾の六つを甲の内に隠すところから亀の異称。
これは聖闘士星矢の黄金聖闘士のアルデバランが、
ポセイドン編で披露していた首引っ込めシーンの元ネタになるのか。
この後、敵のソレントから「牡牛というより亀のようだな」と笑われてしまう。
以上はTwitter等で見聞きしていたネタだけども、それ以上のものは見つけることができなかった。
というか、
白土三平の忍者武芸帳も「影丸」なんだ?という素朴な疑問が湧く。
白土三平の忍者武芸帳影丸伝は1959年から1962年の作品。
横山光輝の伊賀の影丸は1961年から1966年の作品。
どちらも影丸。
テイストはかなり異なるが、白土が横山に与えた影響は間違いなくあるはずで、指摘されてないわけでもない。
「伊賀の影丸」は山田風太郎「甲賀忍法帖」あっての作品だと強めに指摘する意見は度々見かけるが、忍者武芸帳からの影響を強めに指摘する意見はあまり見ない気がする。白土三平が漫画史においてなくてはならないカリスマ的な漫画家であるにも関わらずである。この辺がよく分からない。
横山は白土への敬意を込めてあえて主人公の名前を影丸にしたのだろうか。
影丸が終わった1966年に横山が代表として出版された「忍法十番勝負」には白土三平も作品を描いているので、二人の仲は悪く無いものと思われる。ちなみに年齢は白土が上だが、2歳しか違わない。
白土三平は多くの作家に影響を与えた漫画家だ。
矢口高雄の「釣りキチ三平」は白土三平から付けられているし、
(画像は矢口高雄「釣りキチ三平誕生前夜 9で割れ!!」4巻)
水木しげるの「悪魔くん」も白土の「忍者武芸帳」に感銘を受けての作品だという。
(画像は「水木しげる伝 下巻」)
空手バカ一代の後半を描いた影丸穣也という漫画家がいた。
本名は久保本稔。ペンネームが影丸伝の影響なのかはよく分からない。
(「怪竜湖の謎」という作品からのペンネームらしいが制作年不明。最初のヒット作「拳銃エース」は1961年)
他、思いつくとこでは
1996年の小川雅史「速攻生徒会」に白土三平のパロディが見られる。
文末は崩しているが、ナレーション部分も白土三平独特のものを再現している。
2005年の吉崎観音「ケロロ軍曹」にも同じように白土ナレーションの引用がある。
多くの漫画家に影響を与える白土三平作品の良さが、自分にはよく分からない。
子供の頃、アニメのカムイ外伝が好きだったので出会いは悪くないと思うのだが、二十歳前後の頃に勧められて読んでみた「カムイ伝」以来、白土作品はほとんど読んでいない。
まずカムイ外伝的なものを期待してカムイ伝を読んで、なんか違うと思いつつも、まあ悪くはないぐらいの温度で読んでいたのだが、第二部的な話になってから夢屋というキャラクターの性格がまるで別人みたいな小悪党になってしまったのがトラウマになってしまった。
(画像は安野モヨコ「監督不行届」)
今回、忍者武芸帳を読んで、その時のトラウマ感覚が蘇ってきた。
話の導入部は仇討ちもので、亡国の若殿が剣の修行をしながらカタキを探す、凄腕忍者の影丸がそれをサポートする、みたいな分かりやすい話なのだが、若殿が勝負に敗れて片腕を失ってから物語の焦点が分散していくように思えた。
あと死んだと思わせて生きてました、実は偽物でした覆面でしたというパターンを使い過ぎだと思う。
それもまあ少年漫画の王道的展開だと思うのだが、忍者武芸帳は「良い側」のキャラクターが時々とんでもないぐらい悪い不気味な表情をする。それに加えて「実は変装でした」を繰り返すぎると、中身がとんでもなく不気味な正体不明のものに見えてくるのだ。
これは山根青鬼「名探偵カゲマン」を全話読み終えた時に抱いた感覚に似てる。「実は覆面、偽物でした」をあまりにも繰り返しすぎると全てのキャラクターの実態に常に疑念を持つようになり、怖くなってくるのだ。かげまるとカゲマン、一字違いですネ。
作画は良い。特に忍者武芸帳における前半部分が良い。
その点では後発の横山光輝「伊賀の影丸」をかなり圧倒している。
デッサンの巧さもあるが、硬いペンでかなり高い筆圧で描いたようなダイナミックな線が好み。
女の子はひたすら目が大きく、なんだか萌え絵みたいだ。
長く苦しい若殿の仇討ち旅。その旅の束の間の休息のように、若殿と影丸の妹が結ばれる。もう仇討ちなんて止めにして、二人仲良く幸せに暮らせばいいのにネ、と思ってしまう。
…と思ったすぐ後のコマ。若殿が寝てる間に抜け出した影丸の妹が、簡単にカタキの居城に侵入して、カタキを簀巻きにして担いで持ってきてしまうのだった。これは度肝を抜かれる展開だった。
これが当時の漫画の文法なのか?
好きな人ほどハマれないが、漫画の歴史の重要なピースのひとつ白土三平作品。
いつになるかは分からないが、あと2から3作品読まなければ結論は下せないなとも思う。
ひゅーほほほ!貧乳という言葉も作った?安永航一郎「巨乳ハンター」 [名作紹介]
藤崎竜「封神演義」に登場する悪女、妲己が「ヒューッホホホ…」と笑うシーンがある。(単行本6巻)
この笑いは安永航一郎の「巨乳ハンター」(1989年)が元ネタではないか?かなりマニアックなギャグだ。二つの作品の時差は8年もある。
巨乳ハンターは、巨乳女性に恨みを持つアホな女子高生が、変装して巨乳女性の魚拓ならぬパイ拓をとって溜飲を下げるというギャグ漫画。変身するためには中華まんが必要。
ヌードは出てくるがいやらしさがなく、例えるならばアメリカンプロレスの客席でテンションが高まってバストトップを晒す金髪のおばちゃんみたいな陽気なノリである。
(画像はサムシング吉松「セガのゲームは世界いちぃぃぃ!」)
「ひゅーほほほ」は作品を象徴するネームであるが、原作第一話を読み返すと「うふふふふ」「はははははは」「わはははは」「ほほほほほ」「にょほほほほ」「ふふふふふ」「おほほほほ」「どはははは」ときて、ようやく最後の最後に小さく「ひゅーほほほ」が登場する。
登場と同時に「ひゅーほほほ」を使うのは第3話からだった。その後、「うひょーほほほ」などの回もありつつ、6話と7話で巨乳ハンターの真似をする人どちらにも「ひゅーほほほ」と言わせてることから、この辺で完全に巨乳ハンターといえば「ひゅーほほほ」が定着したと考えられる。
巨乳ハンターは安永作品の中でもっとも知名度が高い作品ではないだろうか。
なにしろ2度も一般層向け※に実写映像化されているのである。
※チラッと映像を見て、「あ、コレは見なくていいやつだ」と思った記憶がある。
かつて世の中には「巨乳ブーム」というものがあったが、
そのきっかけとなった作品ではないか?という記憶もある。
ウィキを辿って調べてみると、週刊ポストの記事に以下の様にある
>「“巨乳”という言葉自体は、すでに『平凡パンチ』1967年8月28日号でジェーン・マンスフィールドの胸を表現する際に使われており、『バチェラー』でも1980年代前半から頻繁に掲載されていましたが、世の中に浸透したのは松坂季実子の出現以降です」
その松坂貴美子のAVデビューが1989年2月。
メーカーや芸能事務所が巨乳というキャッチコピーで売り出した訳ではなく、
写真週刊誌FLASHの記者だった肥留間正明という人が取材してそう論評したことからブームになったらしい。
(ちなみに肥留間正明氏は今年2023年2月18日73歳で亡くなっている)
巨乳ハンターは少年サンデー1989年16号で連載開始。
今年のサンデーの発売日を確認すると3月15日発売なので、かなり同時期である。
制作期間を考えると、ブームに便乗していない作品であることは間違いない。
ブームを作った作品のひとつと断言してしまっていいような気もする。
ちなみに3話で松坂貴美子に言及している。
ところで「貧乳」は巨乳ハンターが初出かもしれない。
それ以前はペチャパイと形容されていた。まな板、洗濯板はそれより後だった気がするがどうか。
貧乳の起源はいつか?2012年に国会図書館で調べた人がいた。
>一般向け雑誌レベルにおいて「貧乳」の用例がいつまでさかのぼれるかを検討しています。「貧乳」なる語の初出は1996年。1996年1月13日の『微笑』にある:「How to快適生活 17回 女の武器だから元気ないオッパイに喝! 貧乳もダンベル体操&マッサージ+ハトムギ茶でたわわに! ※ヨガ、ツボ刺激、ブラ選び、他」というのが確認できる限りで最古です。
だそうなので、圧倒的に巨乳ハンターが勝っている!
2006年に、「たぶん自分が起源」と主張している人もいる。
>「貧乳」って言葉、ありますよね。あれ作ったの、たぶん、ぼくです。どうだ。これは自慢になるのか、自慢にならんのか、微妙なところ。まさかここまで世間様に浸透する単語になろうとは。最初はテレビ情報誌に書いたんですよ。「TVブロス」なんですけど。当時はそっち方面の雑誌でたくさん仕事をしていて、連載も持っていたから、タレントさんをいじるコラムの中で、なにげなく使った。すでに「巨乳」という言葉はあったけど、その反義語は「小乳」とか「微乳」とかしかなくて。もっと貧乏くさい、幸の薄い感じだよなあと「貧乳」にしてみました。「豊かなおっぱい」の反対は何だろうと考えて、「貧しいおっぱい」という言葉が出てきたのもありました。最初に使ったのは葉月里緒菜に対して、95年か96年だと思います。
96年の『微笑』と、95年か96年だという『TVブロス』のどちらが早かったのか、微妙に気になる。
少なくとも国会図書館ユーザーや編集者からは1989年の巨乳ハンター貧乳初出論に反論が出てこなさそうなのは間違いない。やったぜ、ひゅーほほほ!
巨乳ハンターはいたずらに巨乳ブームを煽っていた訳ではなく、
単行本巻末のおまけ漫画で行き過ぎた巨乳ブームに警鐘を鳴らしていたりもする。
カジワラタケシ「彼女はデリケート」(当時、少年マガジンで連載していたラブコメ)に触れているのがツボだった。
他にも単行本巻末の漫画で陸軍中野予備校の最終巻に言及されていたのが嬉しかった(当時刊行が待ち望まれていた)。そういう意味でも思い出深い。
<追記>
島村春奈「島村さんちのこどもたち」3巻に「巨乳ハンター」ネタを発見。初出は1992年。
車田正美の「青い鳥の神話」のパロディ漫画で雑誌ファンロードに掲載された。
<追記>
1990年小山田いくの「霊能バトル」に「ひーひほほ」
この漫画、椎名高志「GS美神 極楽大作戦!!」(1991年)そっくりであるが、こっちの方が早い
この笑いは安永航一郎の「巨乳ハンター」(1989年)が元ネタではないか?かなりマニアックなギャグだ。二つの作品の時差は8年もある。
巨乳ハンターは、巨乳女性に恨みを持つアホな女子高生が、変装して巨乳女性の魚拓ならぬパイ拓をとって溜飲を下げるというギャグ漫画。変身するためには中華まんが必要。
ヌードは出てくるがいやらしさがなく、例えるならばアメリカンプロレスの客席でテンションが高まってバストトップを晒す金髪のおばちゃんみたいな陽気なノリである。
(画像はサムシング吉松「セガのゲームは世界いちぃぃぃ!」)
「ひゅーほほほ」は作品を象徴するネームであるが、原作第一話を読み返すと「うふふふふ」「はははははは」「わはははは」「ほほほほほ」「にょほほほほ」「ふふふふふ」「おほほほほ」「どはははは」ときて、ようやく最後の最後に小さく「ひゅーほほほ」が登場する。
登場と同時に「ひゅーほほほ」を使うのは第3話からだった。その後、「うひょーほほほ」などの回もありつつ、6話と7話で巨乳ハンターの真似をする人どちらにも「ひゅーほほほ」と言わせてることから、この辺で完全に巨乳ハンターといえば「ひゅーほほほ」が定着したと考えられる。
巨乳ハンターは安永作品の中でもっとも知名度が高い作品ではないだろうか。
なにしろ2度も一般層向け※に実写映像化されているのである。
※チラッと映像を見て、「あ、コレは見なくていいやつだ」と思った記憶がある。
かつて世の中には「巨乳ブーム」というものがあったが、
そのきっかけとなった作品ではないか?という記憶もある。
ウィキを辿って調べてみると、週刊ポストの記事に以下の様にある
>「“巨乳”という言葉自体は、すでに『平凡パンチ』1967年8月28日号でジェーン・マンスフィールドの胸を表現する際に使われており、『バチェラー』でも1980年代前半から頻繁に掲載されていましたが、世の中に浸透したのは松坂季実子の出現以降です」
その松坂貴美子のAVデビューが1989年2月。
メーカーや芸能事務所が巨乳というキャッチコピーで売り出した訳ではなく、
写真週刊誌FLASHの記者だった肥留間正明という人が取材してそう論評したことからブームになったらしい。
(ちなみに肥留間正明氏は今年2023年2月18日73歳で亡くなっている)
巨乳ハンターは少年サンデー1989年16号で連載開始。
今年のサンデーの発売日を確認すると3月15日発売なので、かなり同時期である。
制作期間を考えると、ブームに便乗していない作品であることは間違いない。
ブームを作った作品のひとつと断言してしまっていいような気もする。
ちなみに3話で松坂貴美子に言及している。
ところで「貧乳」は巨乳ハンターが初出かもしれない。
それ以前はペチャパイと形容されていた。まな板、洗濯板はそれより後だった気がするがどうか。
貧乳の起源はいつか?2012年に国会図書館で調べた人がいた。
>一般向け雑誌レベルにおいて「貧乳」の用例がいつまでさかのぼれるかを検討しています。「貧乳」なる語の初出は1996年。1996年1月13日の『微笑』にある:「How to快適生活 17回 女の武器だから元気ないオッパイに喝! 貧乳もダンベル体操&マッサージ+ハトムギ茶でたわわに! ※ヨガ、ツボ刺激、ブラ選び、他」というのが確認できる限りで最古です。
だそうなので、圧倒的に巨乳ハンターが勝っている!
2006年に、「たぶん自分が起源」と主張している人もいる。
>「貧乳」って言葉、ありますよね。あれ作ったの、たぶん、ぼくです。どうだ。これは自慢になるのか、自慢にならんのか、微妙なところ。まさかここまで世間様に浸透する単語になろうとは。最初はテレビ情報誌に書いたんですよ。「TVブロス」なんですけど。当時はそっち方面の雑誌でたくさん仕事をしていて、連載も持っていたから、タレントさんをいじるコラムの中で、なにげなく使った。すでに「巨乳」という言葉はあったけど、その反義語は「小乳」とか「微乳」とかしかなくて。もっと貧乏くさい、幸の薄い感じだよなあと「貧乳」にしてみました。「豊かなおっぱい」の反対は何だろうと考えて、「貧しいおっぱい」という言葉が出てきたのもありました。最初に使ったのは葉月里緒菜に対して、95年か96年だと思います。
96年の『微笑』と、95年か96年だという『TVブロス』のどちらが早かったのか、微妙に気になる。
少なくとも国会図書館ユーザーや編集者からは1989年の巨乳ハンター貧乳初出論に反論が出てこなさそうなのは間違いない。やったぜ、ひゅーほほほ!
巨乳ハンターはいたずらに巨乳ブームを煽っていた訳ではなく、
単行本巻末のおまけ漫画で行き過ぎた巨乳ブームに警鐘を鳴らしていたりもする。
カジワラタケシ「彼女はデリケート」(当時、少年マガジンで連載していたラブコメ)に触れているのがツボだった。
他にも単行本巻末の漫画で陸軍中野予備校の最終巻に言及されていたのが嬉しかった(当時刊行が待ち望まれていた)。そういう意味でも思い出深い。
<追記>
島村春奈「島村さんちのこどもたち」3巻に「巨乳ハンター」ネタを発見。初出は1992年。
車田正美の「青い鳥の神話」のパロディ漫画で雑誌ファンロードに掲載された。
<追記>
1990年小山田いくの「霊能バトル」に「ひーひほほ」
この漫画、椎名高志「GS美神 極楽大作戦!!」(1991年)そっくりであるが、こっちの方が早い
聖闘士もスタンド使いもみんな忍者だ!横山光輝「伊賀の影丸」が少年漫画に与えた影響を知る [名作紹介]
伊賀の影丸 全8巻完結セット (秋田コミックセレクト) 【コミックセット】
- 作者: 横山 光輝
- 出版社/メーカー:
- メディア: コミック
レジェンド漫画家たちに強い影響を与えたという、横山光輝の「伊賀の影丸」を読んでみた。
みなもと太郎は「風雲児たち」の中で影丸の由井正雪編をまんま模写している。
ちなみに掲載誌はコミックトムで、同時期に横山光輝が三国志を連載していた。
みなもと氏は書評本「お楽しみはこれもなのじゃ」でも影丸愛を語っている。
「伊賀のカバ丸」という少女漫画もあった。
主人公の名前が伊賀野カバ丸。焼きそばが大好物な現代の忍者。
1983年にTVアニメも放送され、主題歌も覚えているが伊賀の影丸を知ったのはだいぶ後。
実写映画は配給収入10億を超えている。同年公開のヤマトやドラえもんと同じぐらいの成績だ。
このカバ丸に対し、横山光輝がどういう感想を持っていたのか?興味深い。
伊賀の影丸の連載期間は1961〜1966年。
横山は66年に「赤影」、67年に「水滸伝」を書いている。
「バビル二世」や「三国志」が始まったのが1971年だ。
影丸はいろんな版が出ているが、掲載順を入れ替えたものも存在するらしいので混乱した。
選んだのは秋田コミックスセレクション全8巻。これは掲載順に正しく収録されているらしい。
影丸を読んで驚いたのは物語や、登場人物の内面が描かれず、ひたすら戦いを繰り返すその構成だ。
戦いしか書いてないと言っていい。にも関わらず、善とか悪とかもないに等しい。
ちばあきおの野球漫画、「キャプテン」を読んでる気分にもなってくるから不思議だ。
さらに主人公以外の登場人物のほとんどが、現れては次々と死んでいき新陳代謝を繰り返す。
その割り切り具合には荒木飛呂彦感がある。
荒木飛呂彦は「ジョジョの奇妙な冒険」で定期的にキャラクターを一新する。ポルナレフみたいな名キャラクターに育ったものを作品から退場させるのは相当もったいない気がするが、作者は執着しない。億泰やグイード・ミスタのような似たようなキャラ新たに作ればいいから平気平気って態度である。
さらに「伊賀の影丸」における、それぞれが違う忍術を駆使して戦う騙し合いのチームバトルという構成もジョジョっぽい。荒木飛呂彦が横山光輝ファンで、バビル二世や三国志の影響について言及しているのは読んだことがあるが、伊賀の影丸についての言及はこれまで確認したことがない。ジョジョ三部も影丸っぽいが、第五部なんかはもっと影丸っぽい。
五部はチームバトルというのもそうだが、死ぬ寸前の仲間が特殊能力を使って土中に敵の人相を残すという描写が、伊賀の影丸にも存在していることに驚いた。
(「伊賀の影丸」ACS版2巻)
(「ジョジョの奇妙な冒険」69巻)
魔夜峰央のパタリロ!にも伊賀の影丸から引用したシーンがある。
影丸ACS版8巻。夜目が効く忍者が仲間に指示をだし、敵を自分のところに誘導。
「そしてここにおれがいた」という決め台詞がかっこいい。
「パタリロ!」17巻「11月のサナトリウム」という話で、
やはり夜目が効くバンコランがパタリロに指示をだし、容疑者を自分の元に誘導する。
決め台詞は「そしてわたしがここにいた」。
パタリロ!5巻54ページにも影丸ネタがあり、
「伊賀の影丸を愛読していたお兄さん、もしくはお父さんに聞いて下さい。」と欄外に書かれている。
影丸で最も興味を引いたのは車田正美に与えた影響だ。
クリックすると大きいサイズで読めます
「風魔の小次郎」はタイトルからして俺流の影丸を作るという気概が伝わってくる。
小次郎2巻の内容は影丸の模倣っぽいが、すぐに自分流のスタイルを編み出すので車田正美はすごい。
もっと直接的な類似表現を挙げていく。
影丸ら忍者は「赤星」という通信手段をたびたび使うが、
風魔の小次郎の2巻では敵の忍者が同じ赤星という通信手段を使う。
めちゃくちゃ印象的なシーンだが、このセクシーなお姉さんはこれっきりのモブである。勿体無い!
伊賀の影丸が車田正美に与えた影響は、風魔の小次郎前後の作品にも見ることができる。
伊賀の影丸ACS版6巻では伊賀忍者と「七つの影法師」の対抗戦が勃発。
アニメ版ジャイアントロボにも登場する幻也斎がメンバー表の巻物を交換し、
「たしかに見とどけた」瞬間から対戦開始するのだが、
「リングにかけろ」17巻でもギリシア十二神とメンバー表の巻物を交換し、
「たしかにみとどけた」瞬間から対戦が始まる。
聖闘士星矢8巻に敵がみせる幻を、盲目状態の連れが見破るシーンがあるが、
伊賀の影丸ACS版3巻に、やはり盲目の連れの忍者が敵の幻を見破るシーンがある。
ちなみにこの指摘を2年前にTwitterで見たのが、今回伊賀の影丸を読むきっかけだった。
伊賀の影丸では影丸の死体を見た半蔵が、「むっ こ、これは…そうか…」
聖闘士星矢では仲間の墓を掘り起こした星矢が「うっ こ…これは…!!そうか…」と、共にわけ知り顔で全てを説明せずに引っ張る。
引用はさらに続く。
伊賀の影丸では、そうして敵に死んだと思われた影丸が自らの生存を誇示するために署名を残すシーンがある。聖闘士星矢でも敵に死んだと思われた星矢が、自らの生存を誇示するためにカードを残すシーンに続く。聖闘士カードという設定は、実に取って付けたような、このエピソードのみしか出てこない謎設定なのだが、作者が伊賀の影丸を再現したかったのだと考えると納得がいく。
車田正美は「伊賀の影丸」の他に、白土三平「忍者武芸帳影丸伝」からも引用していることで知られているので、そちらの方も読んでみた。近いうちに紹介したい。
また「伊賀の影丸」も山田風太郎「甲賀忍法帖」の影響がよく言われている。
こちらも小説を購入しているので、いずれ読んで感想を記事にしたいと思う。
なんにせよ「伊賀の影丸」が漫画の歴史に大きな影響を与えた作品ということは理解できた。
忍者漫画が古くなり、超能力漫画になったということはよく言われることだ。
今は異能力バトルというらしい。
影丸を読むと、スタンド使いも聖闘士も、
みんな歴史の影で人知れず戦う忍者の一種なのだということがわかる。
横山光輝は偉大だ!
江戸川乱歩もホームズに憧れた?山田貴敏「少年探偵団」 [名作紹介]
前回紹介した「まんがシャーロック・ホームズ全集」。
その広告ページにあった「少年探偵団」が気になったので購入してみた。
こないだ2回にわたって記事化した「ビブリア古書堂の事件手帖」原作小説4巻にも「少年探偵団」のエピソードがある。コミカライズはされていないがTVドラマ化はされた。
件のホームズ全集によると、
少年探偵団の原作者である江戸川乱歩もホームズファンで、ホームズに登場する「ベイカーストリートイレギュラーズ」が少年探偵団のモチーフであるというから、やはりホームズは偉大な作品である。
仮面ライダーの少年ライダー隊もその系譜にあるのだろうか?
そうだとすると、やはりホームズが子供向け作品に見えるという自分の感想もあながち間違いではないような気がする。ちなみにこの「少年探偵団」の掲載誌は「小学六年生」。
漫画「少年探偵団」の作画は「Dr.コトー診療所」の山田貴敏。
ちなみに氏の作品で、これまで自分が所有してるのは「風のマリオ」のみだった。
ホームズがいまいちだったので不安だったが、こちらはめちゃくちゃ面白かった。
原作は全然知らないけど、明智小五郎、怪人二十面相、小林少年は聞いたことある。
こんな話だったのか。だいぶアレンジされてる気がするけど。二十面相が怖い!
2巻の著者コメントはかなりテンションが高く、こだわりが伝わってくる。
>マンガを描くに当たって、なるべくそのイメージを壊さないようにしたい、なんていうことはこれっぽちも考えていませんでした。自分の描きたいように描く。これが、一人の『少年探偵団』ファンである私の初心でした。
>私にとっての明智小五郎は、日本人ではないのです。かといって、どこか特定の国の人でもない。
コメントを見ると、続刊の構想にとれるような表現も見受けられるが、1999年に発行された3巻以降、新刊は出ていないようだ。ちなみに自分が購入したのはビッグコミックスレーベルによって2004年に発売された新装版。
ちなみにコミカライズされたエピソードは次の五つ。
「怪人二十面相」「大金塊」「大暗室」「妖怪博士」「呪いの指紋」
現在、「歌舞伎町シャーロック」という2019年に作られたアニメをながら見している。
いわゆる現代版ホームズで、アイドル志望の夢を捨てきれない花屋の主人がバイトにそそのかされて店を開けてレッスンに励むエピソードとくれば「赤毛連盟!」…という具合に元ネタを当てるのが楽しい。
3話でもう知らない話がきたけど。
ホームズがクライマックスで落語を始めるなど、ちと奇抜すぎて見る人を選ぶと思う。
他にもローバート・ダウニーjrの映画が2作、
真田広之が出演するイアン・マッケランのホームズ映画、などがU-NEXTで見られる。
FODで3話まで無料で見られる月9「シャーロック」を見てみたいと思う。
「京都寺町三条のホームズ」なんてのもアマプラにあるね。
某オークションを見ていたら、「夜光る犬」が出品されていました。23歳の時に名探偵ホームズシリーズの「バスカヴィル家の犬」をヒントに描かれた作品ですが、表紙に先生の顔写真が掲載されているというのが面白いっす。(^^) pic.twitter.com/3Crt09bNrq
— ひら (@hira282828) February 10, 2017
ビブリア古書堂の事件手帖の感想をひたすら書く! [名作紹介]
前回予告した通り、
古本ミステリー小説「ビブリア古書堂の事件手帖」の小説以外の作品のほぼ全てを制覇したので、その感想を触れた順に書いていく。
ちなみに、それぞれ一見の価値有りという前提で語っていく。見て損したというレベルのものは無いので、どちらかというと減点方式気味に語るのは読む前にご理解いただきたい。なお、ネタバレ有りですが、隠せるところは隠すように努めます。
映画版(サブスク、U-NEXTで視聴可能)
原作小説の1巻を基に映像化している。
主演の黒木華が本の虫っぽくていい。それがこの作品の全てと言ってしまってもいいかもしれない。
監督が女性だからか、女性ファンを取り込みたかったのか、原作で全く描かれなかった部分を膨らませ、これは誰の回想なの?って感じの誰の回想でもない悲しい幻想的なラブストーリーが展開する。
このラブストーリーが寿司でいうネタの部分だとすると、原作の探偵部分はシャリみたいな関係になるのだが、テイストが違うせいかあまり食い合わせがよくない。見栄えを優先に演出してる様に感じるシーンが散見する。これぞ映画と言えるような息を呑むような美しいシーンも多々あるのだが、でもこれってアレだよねとツッコミしたくなるケースがついて回り、トータルとしてチープな出来に見えてしまう。
東出昌大のスーツ姿がバッチリ決まっていて、スタイルの良さに驚いた。なんで人気あるのかよく知らなかった俳優だが、なんか納得した。原作を読むと、黒木華に匹敵する「これしかない」キャスティングだと思えるのだが、そこまでで終わってる(あと二人同じような人を連れて来ないといけない)のが残念。いっそのこと主人公役も東出で良かったのかもしれない。岩井俊二のあの映画みたいに。
この映画版が最初に見たビブリアだったので、あとで漫画を読んで「志田」というキャラクターが映画から削除されていたことを知る。前回のブログに書いているが、小山清の『落穂拾ひ』を擁護して解説するのが志田である。
原作では志田の存在があるおかげで真犯人の判明に意外性を持たせられているのだが、志田のいない映画版は真犯人が丸わかりになってしまっている。映画版は動機不明な脚色が多く、そのほとんどが失敗していると感じる。炎上した剛力彩芽主演のTVドラマ版の方が原作に忠実だと思う。
ちなみにこの実写映画版の制作発表と同時に、劇場アニメも告知されていたらしいが、その後 音沙汰がない。実写映画版の興行成績はあまり芳しくなかったようだが、それが影響しているのだろうか?
角川コミックス版(サブスクKindle Unlimitedで閲覧可能)
全6巻。作画はナカノ。原作の2巻までをコミカライズしている。
ラブコメっぽい丸っこい作画で安心して読めるのだが、自分的には序盤の安定してない作画が好み。
栞子も巻数が進むとどんどん幼い感じになっていく。まあこれはよくあること。
(左:単行本1巻/右:単行本6巻)
気になるのが、5巻あたりから作画のクオリティが劣化しているところ。
意外と面倒な本棚の作画にそれが表れていると思う。
(単行本1巻)
(単行本6巻)
アシスタントの手配が困難になったのか、作者が力尽きたのか、終了が決まってモチベーションが落ちたのかは分からない。単行本は6巻で終了。1巻は最低でも10万部出ているらしい。続きが読みたかった。。。
作者は近年も新刊を出しており、その作品のヒロインが書店で働いていたので本棚の作画をチェックしてみたのだが、作画はもっと酷くなっていた。何か事情があるっぽい。
講談社コミックス版
全3巻。作画は交田稜。原作の1巻をコミカライズ。
少しテンポがぎごちない堅い作風。好みの問題だが作画も気になる。
角川版より劇画寄りでリアルなタッチなせいか、作中のキャラクターの横向きの顔の目の位置、後頭部の厚みに強い違和感がある。デフォルメだとすることもできるが、これを推し進めるとカイジになる。横顔は原作小説のカバーの定番であり、作品を象徴する構図なので、もう少し寄せてもよかったのではないか。
(左から原作小説版、角川コミックス版、講談社コミックス版の五浦大輔の横顔)
お尻をこだわって描写してるのは角川版よりも良いと思う。
しかし栞子の胸が奇乳気味で、パジャマでもウエストのくびれを強調した作画でやり過ぎ感がある。
3巻の最後に最終章開幕と銘打った予告があるが、単行本は発売されていない。実際に連載があったのかも分からなかった。続きがあれば読みたかったので残念。
TVドラマ版
全11話。原作の4巻までを映像化。
TVドラマ特有の、効率よく急いで撮ってます感が苦手だけども、普通に見られる出来だと思う。
自分がビブリアという作品を認識したのは、主演の剛力彩芽が原作の栞子のイメージと違うと炎上したのがキッカケ。そもそも原作の栞子は売れる要素を煮詰めたような記号的なキャラクターという印象が強いので、ショートで巨乳じゃない人が演じても別にいいじゃんって思う。
それにしても剛力彩芽が美人で驚く。女優として動いているところを見たのはこれが初めてかもしれない。しかしどうしても頭に前澤社長のことが浮かぶし、役割以外のことはしない置物のような感じ。外見に隙が無さすぎで、本よりもオシャレが大事って感じの栞子になっている。
相方になる五浦大輔役の俳優が、舞台で地道に演技経験積んできました系の人かなと思ったらエグザイルのAKIRAでびっくりした。新しい方のGTOのTVドラマもこの人がやっているらしい。
エグザイルの妹分みたいなアイドルグループから本作に出演している人もいて、キャスト的にはゴリ押しバーター感が半端ないのだが、見てみると普通に違和感ない演技をしていたので、やはりそれなりに実力が突出している人を推してきているのだと思う。
何か不都合があるのかホームレスではなくなっていたが、志田役の高橋克己もいい。
女子高生だった妹は、イケメンの弟に変更されているが、この方がリアリティがある。
母親役は安田成美。老獪で不気味な感じが良かった。海原雄山になるのか碇ゲンドウになるのかワクワクしたが、ちょっといまひとつの結末。原作小説だとまた違うのかもしれない。
スピンオフ作品コミックス版
全2巻。作画は葵季むつみ 。スピンオフ原作の1巻までをコミカライズしているようである。
登場人物は一新しているが、栞子たちも登場する。
よくよく考えると原作とまるで違う、アニメチックな世界観。
オタク好きのしそうなキャラクターデザインで取っ付きにくいが、読んでみると悪くない。こちらはビブリアからミステリーの部分を除いて、紹介された本を思わず読んでみたくなる読後感だけを抽出したような内容になっている。
扱う本も、「シャーロック・ホームズの冒険」「ゲド戦記」「ネバーエンディングストーリー」など、知ってるけど読んだことがないメジャー作品が多い。
原作の半分で終わっているみたいだ。もっと読みたかった。原作読むか。
【おまけ】ビブリオ漫画文庫
ツイッターで松本零士の「古本屋古本堂」の1コマを見て面白そうだったので検索すると出てきたのがこの本。古本に関する短編漫画をまとめたもので2017年に出版されており、他に水木しげるやつげ義春、梅図かずお、諸星大二郎らの作品が収録されている。
松本零士の「古本屋古本堂」は1970年にCOMが初出。古い漫画が大好きな男が、探してた漫画を多量に発見する夢を見て、幸福感に包まれたまま死んでいくという話。今年亡くなられた故人も、このように亡くなっていったのではないかと思わせる。
「ビブリア古書堂の事件手帖」を読むキッカケになった田川紀久雄を知ったのは
松本零士の「漫画大 博物館」でだが、田川はこの漫画にも名前が出てくる。
今どきビブリアみたいな古本屋はブックオフに駆逐されて地方にはあまり無いよねと思っていたが、実際検索してみると市内に3軒もあった。どれも「あそこにあったのか!」という感じの、やる気のない古い店構えである。そのうちの一軒に入ってみたが、いきなりブックオフでは見たことのない、珍しい本を見つけた。今後はそういうお店も巡回しようと思いました。
古本ミステリー小説「ビブリア古書堂の事件手帖」の小説以外の作品のほぼ全てを制覇したので、その感想を触れた順に書いていく。
ちなみに、それぞれ一見の価値有りという前提で語っていく。見て損したというレベルのものは無いので、どちらかというと減点方式気味に語るのは読む前にご理解いただきたい。なお、ネタバレ有りですが、隠せるところは隠すように努めます。
映画版(サブスク、U-NEXTで視聴可能)
原作小説の1巻を基に映像化している。
主演の黒木華が本の虫っぽくていい。それがこの作品の全てと言ってしまってもいいかもしれない。
監督が女性だからか、女性ファンを取り込みたかったのか、原作で全く描かれなかった部分を膨らませ、これは誰の回想なの?って感じの誰の回想でもない悲しい幻想的なラブストーリーが展開する。
このラブストーリーが寿司でいうネタの部分だとすると、原作の探偵部分はシャリみたいな関係になるのだが、テイストが違うせいかあまり食い合わせがよくない。見栄えを優先に演出してる様に感じるシーンが散見する。これぞ映画と言えるような息を呑むような美しいシーンも多々あるのだが、でもこれってアレだよねとツッコミしたくなるケースがついて回り、トータルとしてチープな出来に見えてしまう。
東出昌大のスーツ姿がバッチリ決まっていて、スタイルの良さに驚いた。なんで人気あるのかよく知らなかった俳優だが、なんか納得した。原作を読むと、黒木華に匹敵する「これしかない」キャスティングだと思えるのだが、そこまでで終わってる(あと二人同じような人を連れて来ないといけない)のが残念。いっそのこと主人公役も東出で良かったのかもしれない。岩井俊二のあの映画みたいに。
この映画版が最初に見たビブリアだったので、あとで漫画を読んで「志田」というキャラクターが映画から削除されていたことを知る。前回のブログに書いているが、小山清の『落穂拾ひ』を擁護して解説するのが志田である。
原作では志田の存在があるおかげで真犯人の判明に意外性を持たせられているのだが、志田のいない映画版は真犯人が丸わかりになってしまっている。映画版は動機不明な脚色が多く、そのほとんどが失敗していると感じる。炎上した剛力彩芽主演のTVドラマ版の方が原作に忠実だと思う。
ちなみにこの実写映画版の制作発表と同時に、劇場アニメも告知されていたらしいが、その後 音沙汰がない。実写映画版の興行成績はあまり芳しくなかったようだが、それが影響しているのだろうか?
角川コミックス版(サブスクKindle Unlimitedで閲覧可能)
全6巻。作画はナカノ。原作の2巻までをコミカライズしている。
ラブコメっぽい丸っこい作画で安心して読めるのだが、自分的には序盤の安定してない作画が好み。
栞子も巻数が進むとどんどん幼い感じになっていく。まあこれはよくあること。
(左:単行本1巻/右:単行本6巻)
気になるのが、5巻あたりから作画のクオリティが劣化しているところ。
意外と面倒な本棚の作画にそれが表れていると思う。
(単行本1巻)
(単行本6巻)
アシスタントの手配が困難になったのか、作者が力尽きたのか、終了が決まってモチベーションが落ちたのかは分からない。単行本は6巻で終了。1巻は最低でも10万部出ているらしい。続きが読みたかった。。。
作者は近年も新刊を出しており、その作品のヒロインが書店で働いていたので本棚の作画をチェックしてみたのだが、作画はもっと酷くなっていた。何か事情があるっぽい。
講談社コミックス版
全3巻。作画は交田稜。原作の1巻をコミカライズ。
少しテンポがぎごちない堅い作風。好みの問題だが作画も気になる。
角川版より劇画寄りでリアルなタッチなせいか、作中のキャラクターの横向きの顔の目の位置、後頭部の厚みに強い違和感がある。デフォルメだとすることもできるが、これを推し進めるとカイジになる。横顔は原作小説のカバーの定番であり、作品を象徴する構図なので、もう少し寄せてもよかったのではないか。
(左から原作小説版、角川コミックス版、講談社コミックス版の五浦大輔の横顔)
お尻をこだわって描写してるのは角川版よりも良いと思う。
しかし栞子の胸が奇乳気味で、パジャマでもウエストのくびれを強調した作画でやり過ぎ感がある。
3巻の最後に最終章開幕と銘打った予告があるが、単行本は発売されていない。実際に連載があったのかも分からなかった。続きがあれば読みたかったので残念。
TVドラマ版
全11話。原作の4巻までを映像化。
TVドラマ特有の、効率よく急いで撮ってます感が苦手だけども、普通に見られる出来だと思う。
自分がビブリアという作品を認識したのは、主演の剛力彩芽が原作の栞子のイメージと違うと炎上したのがキッカケ。そもそも原作の栞子は売れる要素を煮詰めたような記号的なキャラクターという印象が強いので、ショートで巨乳じゃない人が演じても別にいいじゃんって思う。
それにしても剛力彩芽が美人で驚く。女優として動いているところを見たのはこれが初めてかもしれない。しかしどうしても頭に前澤社長のことが浮かぶし、役割以外のことはしない置物のような感じ。外見に隙が無さすぎで、本よりもオシャレが大事って感じの栞子になっている。
相方になる五浦大輔役の俳優が、舞台で地道に演技経験積んできました系の人かなと思ったらエグザイルのAKIRAでびっくりした。新しい方のGTOのTVドラマもこの人がやっているらしい。
エグザイルの妹分みたいなアイドルグループから本作に出演している人もいて、キャスト的にはゴリ押しバーター感が半端ないのだが、見てみると普通に違和感ない演技をしていたので、やはりそれなりに実力が突出している人を推してきているのだと思う。
何か不都合があるのかホームレスではなくなっていたが、志田役の高橋克己もいい。
女子高生だった妹は、イケメンの弟に変更されているが、この方がリアリティがある。
母親役は安田成美。老獪で不気味な感じが良かった。海原雄山になるのか碇ゲンドウになるのかワクワクしたが、ちょっといまひとつの結末。原作小説だとまた違うのかもしれない。
スピンオフ作品コミックス版
ビブリア古書堂の事件手帖スピンオフ こぐちさんと僕のビブリアファイト部活動日誌 1 (MFC)
- 出版社/メーカー: KADOKAWA
- 発売日: 2018/10/22
- メディア: Kindle版
全2巻。作画は葵季むつみ 。スピンオフ原作の1巻までをコミカライズしているようである。
登場人物は一新しているが、栞子たちも登場する。
よくよく考えると原作とまるで違う、アニメチックな世界観。
オタク好きのしそうなキャラクターデザインで取っ付きにくいが、読んでみると悪くない。こちらはビブリアからミステリーの部分を除いて、紹介された本を思わず読んでみたくなる読後感だけを抽出したような内容になっている。
扱う本も、「シャーロック・ホームズの冒険」「ゲド戦記」「ネバーエンディングストーリー」など、知ってるけど読んだことがないメジャー作品が多い。
原作の半分で終わっているみたいだ。もっと読みたかった。原作読むか。
【おまけ】ビブリオ漫画文庫
ツイッターで松本零士の「古本屋古本堂」の1コマを見て面白そうだったので検索すると出てきたのがこの本。古本に関する短編漫画をまとめたもので2017年に出版されており、他に水木しげるやつげ義春、梅図かずお、諸星大二郎らの作品が収録されている。
松本零士の「古本屋古本堂」は1970年にCOMが初出。古い漫画が大好きな男が、探してた漫画を多量に発見する夢を見て、幸福感に包まれたまま死んでいくという話。今年亡くなられた故人も、このように亡くなっていったのではないかと思わせる。
「ビブリア古書堂の事件手帖」を読むキッカケになった田川紀久雄を知ったのは
松本零士の「漫画大 博物館」でだが、田川はこの漫画にも名前が出てくる。
今どきビブリアみたいな古本屋はブックオフに駆逐されて地方にはあまり無いよねと思っていたが、実際検索してみると市内に3軒もあった。どれも「あそこにあったのか!」という感じの、やる気のない古い店構えである。そのうちの一軒に入ってみたが、いきなりブックオフでは見たことのない、珍しい本を見つけた。今後はそういうお店も巡回しようと思いました。
活字離れも本が読みたくなる「ビブリア古書堂の事件手帖」を一挙20冊ぐらい買った話 [名作紹介]
松本零士の漫画コレクションを紹介する「漫画大博物館」という本。
知らない漫画家ばかりだが、その中で田川紀久雄という漫画家が気になった。
昭和22年、15歳でデビュー。天才と呼ばれたが、わずか2年で引退したという。
検索してみたら、「ビブリア古書堂の事件手帖」という映画に出てくるという。
加入してるサブスクにあったので視聴してみたのだが、『盗まれた貴重な古書』というぐらいの扱いで、それが田川紀久雄作品でなくても成立する程度の出番だった。しかし主演の黒木華がページをめくりながらニヤける何気ないカットが良かった。その漫画はとある古書店で385000円の値が付けられている。
この映画「ビブリア古書堂の事件手帖」の冒頭、いきなり惹き込まれた。
主人公は少年時代、祖母が大事にしている夏目漱石全集にちょっと触れただけで、祖母の逆鱗にも触れてしまう。逆上した祖母に強烈なビンタを食らい、その後の人生で活字の本が読めなくなるぐらいのトラウマを植え付けられる。
祖母が亡くなり、遺品の全集をチェックしてみると、夏目漱石のサインを発見。
このサインのせいで2度もぶたれたのかと古書店に全集を持ち込むが、サインは偽物と判明。
その古書店、ビブリア古書堂の店主の栞子(しおりこ)は豊富な商品知識とシャーロック・ホームズなみの推理で、偽のサインに込められた祖母の事情を見抜いてしまう。
…と言うのが話のマクラ。
安楽椅子探偵系のミステリー作品だ。
古書の豆知識みたいなものが豊富に出てくるのが楽しい。
が、徐々に自分の視聴テンションは下がっていく。
特にラストの展開が萎えた。
クライマックスに登場する敵役を、
監督はまるでターミネーターのように演出しようとしているのだが、
出てくるのはシュワちゃんのような屈強な男ではなく、線の細い古本ストーカーなのである。
ターミネーターはショットガンを手にハーレーに乗ってやってくるが、
古本ストーカーはスタンガンを片手に原付バイク。
軽自動車に乗って逃げる主人公たちを追いかけ回す。
キレイにハリウッド映画の縮小版になってしまっている。
ロケ地が鎌倉なので、そこで激しいカーチェイスやったらスゴイなと一瞬期待したのだが、古本ストーカーは律儀にヘルメットかぶり、交通ルールを守ってのんびり追いかけてくるのだ。まるで迫力がない。
というか、本棚を倒して古本ストーカーに古本のシャワー食らわせ一件落着と思いきや、主人公はなぜか「逃げろ!」とか言い出すのが決定的におかしい。人通りの多い駅近くで、なぜか誰にも助けを求めない。かなりゲンナリした。
これ、原作と絶対違うと思ったので、興味を持ってコミカライズを購入することにした。
原作小説に行かないのはビブリアの主人公の如く、私も活字の本が苦手だからである。
だからこそこの作品に惹かれる部分もある。
コミカライズは2種類あり、両方購入してみた。
角川書店版の全6巻(作画:ナカノ)と講談社版の全3巻(作画:交田稜)がある。
どちらも2012年ぐらいの連載開始だ。
さらに2013年のTVドラマ版をTSUTAYAで物理レンタルして、ついには原作小説1巻を読んでみた。
やはり原付ターミネーターは映画版のみの脚色のようである。
ついでに言うと田川紀久雄のエピソードも映画版のみ。
そんな感じで映画をきっかけにアレコレ見てみた「ビブリア古書堂の事件手帖」。
古書という非常に硬派でマニアックなテーマを扱っているが、非常にナンパなところもあって極端で驚く。
まずヒロインの栞子の容貌は黒髪ロングの巨乳メガネっ子で、コッテコテである。
「はわわ〜」とか言っちゃう感じだし。
(この画像はビブリアではありません)
女子高生の妹と二人っきりで古書店を切り盛りしていて、そんな好条件なのにバイトが居付かない不思議。それでちょうど無職だった主人公が雇われる。二人はお互いに特別な好意を抱きつつ、、、典型的なラブコメ関係を維持。
(角川版)
(講談社版)
古書というあまりにもマニアックな題材を扱うために、
描きたいこと以外は売れ線に全振りしてやる!という作者の覚悟を感じる。
さらに作中にそういったコテコテ批判を想定したみたいなエピソードが存在するのが面白い。
映画版以外のビブリアには、小山清の『落穂拾ひ』という1955年の短編小説を引用する話がある。
その小説は、人付き合いが苦手で世渡り下手な貧乏人が、純真無垢な若い古書店員から優しくされ、プレゼントまで貰ってしまうという内容なのだそうだ。
(角川版)
「あるわけねえじゃねえかそんな話。」と、劇中に登場する人物に厳しいツッコミを食らわせつつも、「まあでも そういうことが分かってて作者もあの話を書いたんだろうぜ。読めば分かる。あれは甘ったるい話を書く奴に感情移入する話なんだ。」と、のたまう。
(講談社版)
『落穂拾ひ』読んでみたいと思わせる。
活字嫌いの俺でもそう思わせる本が「ビブリア古書堂」ではいくつも紹介される。
子供に本を読ませたい親御さんは、ここから興味を持たせてみるのも良いのではなかろうか。
TVドラマ版もありますし。(映画はベッドシーンがあるので、ご家族で見るのは勧められません)
他にも、「時計じかけのオレンジ」の原作小説には初出版時に最終章がカットされていたとか、
ペーパーナイフで一枚ずつ切って読む本(袋とじではない)とか、活字離れな私の知らない知識がいっぱいだ。
続きが読みたいが、漫画や映像作品で原作の内容を全てフォローしたものは無いので、小説の続刊をほとんど購入してしまった。
…というわけで次回は、
自分が見てきた「ビブリア古書堂の事件手帖」の色んなバージョンを解説してみようと思う。
基本、原作小説以外で!
続く
手塚治虫による田川紀久雄の人物評はなかなか辛辣である。師匠の酒井七馬の扱いもそうだが、死体蹴りをするクセがあるようだ。
知らない漫画家ばかりだが、その中で田川紀久雄という漫画家が気になった。
昭和22年、15歳でデビュー。天才と呼ばれたが、わずか2年で引退したという。
検索してみたら、「ビブリア古書堂の事件手帖」という映画に出てくるという。
加入してるサブスクにあったので視聴してみたのだが、『盗まれた貴重な古書』というぐらいの扱いで、それが田川紀久雄作品でなくても成立する程度の出番だった。しかし主演の黒木華がページをめくりながらニヤける何気ないカットが良かった。その漫画はとある古書店で385000円の値が付けられている。
この映画「ビブリア古書堂の事件手帖」の冒頭、いきなり惹き込まれた。
主人公は少年時代、祖母が大事にしている夏目漱石全集にちょっと触れただけで、祖母の逆鱗にも触れてしまう。逆上した祖母に強烈なビンタを食らい、その後の人生で活字の本が読めなくなるぐらいのトラウマを植え付けられる。
祖母が亡くなり、遺品の全集をチェックしてみると、夏目漱石のサインを発見。
このサインのせいで2度もぶたれたのかと古書店に全集を持ち込むが、サインは偽物と判明。
その古書店、ビブリア古書堂の店主の栞子(しおりこ)は豊富な商品知識とシャーロック・ホームズなみの推理で、偽のサインに込められた祖母の事情を見抜いてしまう。
…と言うのが話のマクラ。
安楽椅子探偵系のミステリー作品だ。
古書の豆知識みたいなものが豊富に出てくるのが楽しい。
が、徐々に自分の視聴テンションは下がっていく。
特にラストの展開が萎えた。
クライマックスに登場する敵役を、
監督はまるでターミネーターのように演出しようとしているのだが、
出てくるのはシュワちゃんのような屈強な男ではなく、線の細い古本ストーカーなのである。
ターミネーターはショットガンを手にハーレーに乗ってやってくるが、
古本ストーカーはスタンガンを片手に原付バイク。
軽自動車に乗って逃げる主人公たちを追いかけ回す。
キレイにハリウッド映画の縮小版になってしまっている。
ロケ地が鎌倉なので、そこで激しいカーチェイスやったらスゴイなと一瞬期待したのだが、古本ストーカーは律儀にヘルメットかぶり、交通ルールを守ってのんびり追いかけてくるのだ。まるで迫力がない。
というか、本棚を倒して古本ストーカーに古本のシャワー食らわせ一件落着と思いきや、主人公はなぜか「逃げろ!」とか言い出すのが決定的におかしい。人通りの多い駅近くで、なぜか誰にも助けを求めない。かなりゲンナリした。
これ、原作と絶対違うと思ったので、興味を持ってコミカライズを購入することにした。
原作小説に行かないのはビブリアの主人公の如く、私も活字の本が苦手だからである。
だからこそこの作品に惹かれる部分もある。
コミカライズは2種類あり、両方購入してみた。
角川書店版の全6巻(作画:ナカノ)と講談社版の全3巻(作画:交田稜)がある。
どちらも2012年ぐらいの連載開始だ。
さらに2013年のTVドラマ版をTSUTAYAで物理レンタルして、ついには原作小説1巻を読んでみた。
やはり原付ターミネーターは映画版のみの脚色のようである。
ついでに言うと田川紀久雄のエピソードも映画版のみ。
そんな感じで映画をきっかけにアレコレ見てみた「ビブリア古書堂の事件手帖」。
古書という非常に硬派でマニアックなテーマを扱っているが、非常にナンパなところもあって極端で驚く。
まずヒロインの栞子の容貌は黒髪ロングの巨乳メガネっ子で、コッテコテである。
「はわわ〜」とか言っちゃう感じだし。
(この画像はビブリアではありません)
女子高生の妹と二人っきりで古書店を切り盛りしていて、そんな好条件なのにバイトが居付かない不思議。それでちょうど無職だった主人公が雇われる。二人はお互いに特別な好意を抱きつつ、、、典型的なラブコメ関係を維持。
(角川版)
(講談社版)
古書というあまりにもマニアックな題材を扱うために、
描きたいこと以外は売れ線に全振りしてやる!という作者の覚悟を感じる。
さらに作中にそういったコテコテ批判を想定したみたいなエピソードが存在するのが面白い。
映画版以外のビブリアには、小山清の『落穂拾ひ』という1955年の短編小説を引用する話がある。
その小説は、人付き合いが苦手で世渡り下手な貧乏人が、純真無垢な若い古書店員から優しくされ、プレゼントまで貰ってしまうという内容なのだそうだ。
(角川版)
「あるわけねえじゃねえかそんな話。」と、劇中に登場する人物に厳しいツッコミを食らわせつつも、「まあでも そういうことが分かってて作者もあの話を書いたんだろうぜ。読めば分かる。あれは甘ったるい話を書く奴に感情移入する話なんだ。」と、のたまう。
(講談社版)
『落穂拾ひ』読んでみたいと思わせる。
活字嫌いの俺でもそう思わせる本が「ビブリア古書堂」ではいくつも紹介される。
子供に本を読ませたい親御さんは、ここから興味を持たせてみるのも良いのではなかろうか。
TVドラマ版もありますし。(映画はベッドシーンがあるので、ご家族で見るのは勧められません)
他にも、「時計じかけのオレンジ」の原作小説には初出版時に最終章がカットされていたとか、
ペーパーナイフで一枚ずつ切って読む本(袋とじではない)とか、活字離れな私の知らない知識がいっぱいだ。
続きが読みたいが、漫画や映像作品で原作の内容を全てフォローしたものは無いので、小説の続刊をほとんど購入してしまった。
…というわけで次回は、
自分が見てきた「ビブリア古書堂の事件手帖」の色んなバージョンを解説してみようと思う。
基本、原作小説以外で!
続く
手塚治虫による田川紀久雄の人物評はなかなか辛辣である。師匠の酒井七馬の扱いもそうだが、死体蹴りをするクセがあるようだ。
#COM 1968年8月号です。
— 鈴木昭彦 (@Acky_phoenix) November 21, 2020
この「火の鳥」の表紙はナメクジたちの干からびた行進の跡なのではないか,と今感じてしまって戦慄を覚えています。
「ぼくのまんが記」中で田川紀久男氏を“頭のおかしな少年“とか結構言いたい放題です,手塚先生。#手塚治虫 https://t.co/HrBeO11D8x pic.twitter.com/yS1KIHfa26
【合本版】ビブリア古書堂の事件手帖 全7巻【電子特別版】 (メディアワークス文庫)
- 出版社/メーカー: KADOKAWA
- 発売日: 2018/09/22
- メディア: Kindle版
史上初の育児漫画は「来訪者」では?私にとって重要な漫画家 浪花愛 [名作紹介]
浪花愛という作家は私の好きな漫画家の中ではかなりマイナーだと思う。
1980年代にアニパロコミックスというプロ同人誌があり、そこでの連載を毎号楽しみに読んでいた。
アニパロコミックスには他にも巣田祐里子、藤田わか、江口勇などの人気作家が連載していて、浪花愛は自分の中でトップという存在ではなかったのだが、その後 長い年月を重ねて回想すると時々思い出すのは浪花愛の何気ない1セリフ、1コマが何故か多いことに気づくのだった。
人間関係に疲れると思い出す1コマ。
「どんな顔して あえばいいんだろね。」
素朴な自惚れが好きな1コマ。
「え?ここがどこかって?きまってらあ。世界の中心よっ。なんたって俺さまがうまれたんだからなっ」
これらは浪花愛の代表作の一つ、「灰皿猫」の1コマ。
灰皿猫は駅の固定灰皿の台座の中に住み着いた猫が、
タバコの吸い殻を使って占いをして生計を立てるという人情漫画。
浪花愛の代表作がもうひとつ、「来訪者」。
作者の妊娠をエッセイ漫画にしたのが始まり。
コウノトリのセリフ「ほんの一生でいいんですからー」がイイ
その漫画のアンケート結果が悪かったので作者は気が進まなかったらしいが、編集者「Cさん」が続編を望んだ。そのおかげでこのシリーズは、その時にお腹の中にいた子供が就職するぐらいの大長編になった(同人誌含む)のだった。Cさんエライっ!
この「来訪者」こそ、いま巷に溢れる育児漫画の元祖なのではないだろうか?
探せば他にもありそうな気はするのだけど、とりあえず今現在ウィキペディアに書かれている限りでは1990年代に描かれた田島みるくなどの作家による作品が先駆けとされている。
↓ウィキペディアのスクリーンショット
ところが浪花愛の「来訪者」の初出は1986年1月なのだ!
掲載誌のアニパロコミックスを全号所有しているので今まで単行本は買ってなかったのだが、最近「来訪者」で調べ物する際に不便を感じたので、ついに購入することにした。
そしたら単行本が3種類もあったので驚いた。
初の単行本化は1992年、
掲載誌の みのり書房によるもの。事情により全1巻。
Amazonに掲載されたデータによると全197ページなので、アニパロコミックス42号あたりまでの話が掲載されている計算になる。(アニパロコミックスは54号で終了)
みのり書房は1995年に事業停止。
その1995年に来訪者は「ちいさな来訪者」と改題されてラポート社から全5巻で再出版。
巻頭に書き下ろしカラー漫画。途中にエッセイコーナー、巻末にもちょっとした書き下ろしあり。
ラポート版は本編が元々白黒だったものに赤を追加したパートカラーになっている。
初出のイメージが変わってしまう危険を感じて読んでいてハラハラする。
処理も面倒くさそうだし、なんでこんなことをするのかよう分からん。意外と簡単なのか?
いま現在最後になる単行本化が2006年の桃園書房版。全4巻。
1巻だけ借りて現在手元にあるのだが、250ページぐらいあり分厚い。
やっぱり巻頭にカラーでおまけ漫画。あとがきにもおまけ漫画があるが、ラポート社版の使い回しではなく新たに書き下ろししている。印刷も白黒に戻った。
今回自分が購入したのはラポート社版。
ざっと読んでみたのだが、奥付を見るとアニパロ終了後も掲載誌を変えて連載は続いていたようだ。
同人誌で続けていたのは知っていたが、商業誌は知らなかった。
ちなみにラポート社版に収録されているものは一部同人誌のものも含まれている。おそらく桃園書房版も同様だろう。
巻数が多いのでラポート社版が最新の版だと思って買ったのだが、桃園書房が最新だった。
ちょっと失敗したかなと思っている。
でもこれで「来訪者」に関する調べ物をする際に、いちいちアニパロコミックスをひっくり返さなくて済むぞと思った。探してた1コマがあったのだが、アニパロコミックスを全てチェックしても見つけることができなかったのだ。今回、購入した単行本をいつものように裁断して電子化。エラーチェックのために熟読していたら、探していた1コマを単行本1巻に見つけることができた。
それがこのコマ。
見つけたコマは自分の記憶より小さいコマだった。こういう思い込みで見落とすことがよくある。
念の為に前後の話から掲載号を割り出して、次に調べ物する際の反省材料にしようとアニパロコミックスを調べたところ、何度チェックしてもやっぱり見つけられない!
どういうこと???
次回に続く。
1980年代にアニパロコミックスというプロ同人誌があり、そこでの連載を毎号楽しみに読んでいた。
アニパロコミックスには他にも巣田祐里子、藤田わか、江口勇などの人気作家が連載していて、浪花愛は自分の中でトップという存在ではなかったのだが、その後 長い年月を重ねて回想すると時々思い出すのは浪花愛の何気ない1セリフ、1コマが何故か多いことに気づくのだった。
人間関係に疲れると思い出す1コマ。
「どんな顔して あえばいいんだろね。」
素朴な自惚れが好きな1コマ。
「え?ここがどこかって?きまってらあ。世界の中心よっ。なんたって俺さまがうまれたんだからなっ」
これらは浪花愛の代表作の一つ、「灰皿猫」の1コマ。
灰皿猫は駅の固定灰皿の台座の中に住み着いた猫が、
タバコの吸い殻を使って占いをして生計を立てるという人情漫画。
浪花愛の代表作がもうひとつ、「来訪者」。
作者の妊娠をエッセイ漫画にしたのが始まり。
コウノトリのセリフ「ほんの一生でいいんですからー」がイイ
その漫画のアンケート結果が悪かったので作者は気が進まなかったらしいが、編集者「Cさん」が続編を望んだ。そのおかげでこのシリーズは、その時にお腹の中にいた子供が就職するぐらいの大長編になった(同人誌含む)のだった。Cさんエライっ!
この「来訪者」こそ、いま巷に溢れる育児漫画の元祖なのではないだろうか?
探せば他にもありそうな気はするのだけど、とりあえず今現在ウィキペディアに書かれている限りでは1990年代に描かれた田島みるくなどの作家による作品が先駆けとされている。
↓ウィキペディアのスクリーンショット
ところが浪花愛の「来訪者」の初出は1986年1月なのだ!
掲載誌のアニパロコミックスを全号所有しているので今まで単行本は買ってなかったのだが、最近「来訪者」で調べ物する際に不便を感じたので、ついに購入することにした。
そしたら単行本が3種類もあったので驚いた。
初の単行本化は1992年、
掲載誌の みのり書房によるもの。事情により全1巻。
Amazonに掲載されたデータによると全197ページなので、アニパロコミックス42号あたりまでの話が掲載されている計算になる。(アニパロコミックスは54号で終了)
みのり書房は1995年に事業停止。
その1995年に来訪者は「ちいさな来訪者」と改題されてラポート社から全5巻で再出版。
巻頭に書き下ろしカラー漫画。途中にエッセイコーナー、巻末にもちょっとした書き下ろしあり。
ラポート版は本編が元々白黒だったものに赤を追加したパートカラーになっている。
初出のイメージが変わってしまう危険を感じて読んでいてハラハラする。
処理も面倒くさそうだし、なんでこんなことをするのかよう分からん。意外と簡単なのか?
いま現在最後になる単行本化が2006年の桃園書房版。全4巻。
1巻だけ借りて現在手元にあるのだが、250ページぐらいあり分厚い。
やっぱり巻頭にカラーでおまけ漫画。あとがきにもおまけ漫画があるが、ラポート社版の使い回しではなく新たに書き下ろししている。印刷も白黒に戻った。
今回自分が購入したのはラポート社版。
ざっと読んでみたのだが、奥付を見るとアニパロ終了後も掲載誌を変えて連載は続いていたようだ。
同人誌で続けていたのは知っていたが、商業誌は知らなかった。
ちなみにラポート社版に収録されているものは一部同人誌のものも含まれている。おそらく桃園書房版も同様だろう。
巻数が多いのでラポート社版が最新の版だと思って買ったのだが、桃園書房が最新だった。
ちょっと失敗したかなと思っている。
でもこれで「来訪者」に関する調べ物をする際に、いちいちアニパロコミックスをひっくり返さなくて済むぞと思った。探してた1コマがあったのだが、アニパロコミックスを全てチェックしても見つけることができなかったのだ。今回、購入した単行本をいつものように裁断して電子化。エラーチェックのために熟読していたら、探していた1コマを単行本1巻に見つけることができた。
それがこのコマ。
見つけたコマは自分の記憶より小さいコマだった。こういう思い込みで見落とすことがよくある。
念の為に前後の話から掲載号を割り出して、次に調べ物する際の反省材料にしようとアニパロコミックスを調べたところ、何度チェックしてもやっぱり見つけられない!
どういうこと???
次回に続く。
43歳デビューの漫画家、池田邦彦「カレチ」を読む [名作紹介]
「国境のエミーリャ」という漫画がある。
かつての東西ドイツの様に分断された日本を描いた作品。
話題になっていたのでお試しで読んで、作風と絵柄がマッチしてない印象をもった。
それ以来読んでないが、そんなエミーリャも、もう8巻。なんでこんなに続いてるんだ?
それから月日は流れ、「はやぶさや模型店」なる漫画をKindle Unlimitedで発見。
なんとNゲージ漫画だ。Nゲージはこち亀の知識しかなく、電車にもほぼ興味がない私だが、
この漫画は非常に面白かった!雑誌の休刊で一話のみというのが本当に悔しい作品だ。
こんな漫画がもっと読みたいなあと作者の池田邦彦の名前で検索をかけると、
前述の「国境のエミーリャ」が出てきたのだった。
とりあえずKindle Unlimitedで読める「国鉄貨物営業室」という作品も面白かったので、
この人は鉄道漫画なら間違いないのだろうと思い、「カレチ」全5巻を購入。面白かった。
2013年初版だから、自分の手元に届くまで10年かかった計算だ。大変な商売だ。
カレチとは、簡単にいうと中級の車掌さんのことらしい。
改めて車掌さんってなんだ?って疑問も湧き上がってくるが、
船長や機長に当たるものと思ってもそう遠くないようだ。
漫画「カレチ」は国が鉄道を運営していた、いわゆる国鉄の時代が舞台。
あまりピンとこない時代だが、民営化して今のJRになるのが1987年なんだそうだ。
作者の池田邦彦はナニワ金融道の青木雄二に匹敵する遅咲きの漫画家で1965年生まれ。43歳デビュー。
国鉄廃止の時は22歳。特に国鉄で働いたこともないようなのに、見てきたように様々な国鉄エピソードを描いている。漫画家になる前に、仕事で取材をする機会が多かったみたい。
漫画の内容は、国鉄職員によるきめ細かいサービスの内容が描かれている。
序盤は特に石ノ森章太郎の「HOTEL」の読後感と似ている。
列車ミステリーでは時刻表の盲点を犯罪に使うが、カレチでは人情に使う。
自分の好きなエピソードは5巻の架線(電車に電気を送る線)修理の話。
「鳥は電線の上に乗ってなぜ感電しないのか」というよくあるQ&Aを思い出す。
点検中、落下しそうになって電線を掴むか落ちるかを決断する。大変な仕事だ。
(でも読み返してみると、事故起こるべくして起こってるよね…?)
それと同じく5巻の汽車で坂道をのぼる話。
スイッチバックという坂道をのぼる電車の動画を見たことがあったが、
現在でも鉄道が山道を登るのは一苦労あるようだ。
今回の記事を書くために調べてみたのだが、そもそも鉄道というのはスピードを出すため滑りやすくされているものらしい。だから坂道は大変。まあそんな基本的な知識もない鉄道初心者が読むには少しハードルがある漫画のような気もする。(自分の鉄道知識はタモリ倶楽部でなんとなく見てたぐらい)
さらに印象的な話は4巻の、新人がなんの指示もされずに怒鳴られたり殴られる話。
良かれと思ってやったことに対して無言で殴られ呆然とする顔がすごい。
今すぐやめろこんな仕事、病気になるよ!
それを古き良き時代の美談としてまとめてるのだから、ちょっとどうだろうと思うこともある。
3巻収録の23話「サプライズテスト」もコミュニケーション能力の低い運転監督の話で印象深い。
お客さん相手には心を砕いたサービスするのにねえ。
漫画の後半は国鉄終焉の時代が描かれ、暗いエピソードが多くなっていく。
さっきも書いたが、自分には鉄道知識がほとんどない。
正直、「決められたレール」をいく人生の典型、楽な商売と思っていた部分もあった。
だが、こういう国鉄の時代を受け継いでいるんだから、やはり大変な職業なのだろう。
そういった部分や歴史の一部を学べたのは有意義なことだったと思う。
(ながやす巧の「鉄道員(ぽっぽや)」の良さが今ひとつ分からなかったが、カレチ読んだ後だと味わいが違う)
よくわからんのは鉄道に詳しいはずの鉄ちゃんが、
たまにわけのわからん事件を起こすことなんだけど。。。
撮り鉄
— たぬき (@makkoi007) August 12, 2022
撮影のため車内のライト消してくれないか、
と、緊急通報用のボタン押して車掌を呼び出す
お前に脳みそはあるんかい? pic.twitter.com/IayKlS83is
カレチが面白かったので、とりあえず目についた「シャーロッキアン!」全4巻、「エンジニール」全2巻、「まぼろしキャバレー 」、「おもいで停留所」全2巻、「でんしゃ通り一丁目」、「漫画 働くということ」、「山手線ものがたり」を購入。そのうちレビュー書くかも。
全部読み終わった後、
果たして俺は国境のエミーリャを購入する気になるのだろうか?待て次号!
シャーロッキアン! : 1 シャーロッキアン! (アクションコミックス)
- 作者: 池田邦彦
- 出版社/メーカー: 双葉社
- 発売日: 2013/04/30
- メディア: Kindle版
エンジニール 鉄道に挑んだ男たち (1) (SPコミックス)
- 作者: 池田邦彦
- 出版社/メーカー: リイド社
- 発売日: 2017/10/13
- メディア: Kindle版
タグ:池田邦彦