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これさえ読めば海外漫画通?水野良太郎「漫画文化の内幕」 [漫画の描き方が書かない漫画の描き方]


漫画文化の内幕

漫画文化の内幕

  • 作者: 水野 良太郎
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 1991/03/01
  • メディア: 単行本

1991年に出版された、水野良太郎「漫画文化の内幕」という本を読んだ。
水野良太郎(1936-2018)は早川書房の「キャプテン・フューチャー」のイラストを手がけた人で、風刺漫画家と分類できる。国際的にも活躍しており、漫画協会の理事も勤めていた。

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「世相漫画で知る中国」収録、中国「風刺と幽黙」に掲載された水野氏の似顔絵。左は牧野圭一、右は小野耕世?)

本の前書きから厳しい。

不勉強なマンガ評論家気取りの、独善的見解の受け売りがマスコミに定着しつつある昨今には苛立つばかりである。見解の相違という次元ではなく、それ以前の知識を持たぬまま、「これが漫画(劇画)だ」なんて、エラそうに言ってほしくない。

これまで何度も風刺漫画家の時代錯誤な漫画評を紹介してきた。

今回もそんな感じになるのかなと思って読み始めたが、手塚治虫が亡くなって2年後の本なせいか、劇画に対する追及が若干弱い気がする。この本によると、この時期の日本のひとコマ漫画業界はほぼ死滅しているらしい。

「劇画」という言葉は戦後、貸本漫画を描いていた漫画家 辰巳ヨシヒロや、さいとう・たかをなどが、大人を対象にした漫画で物語を軸にした作品に命名したと言われる。

作品のスタイルとしてはすでに戦前の欧米にあって決して新しいものではない。当時まだ若かった彼等は、そうした海外の漫画事情を知らなかったのではないか。しかし、長いストーリー展開を軸にした作風というのは、これまでの日本の大人漫画にはなかったスタイルだった。

この文章から、
水野氏は辰巳ヨシヒロとコミュニケーションを取ったことが無さそうなのが伺える。

水野氏の劇画への解釈は、単純に写実的なタッチのストーリー漫画が劇画だと受け取れるもので、さらに本の中で海外のそういった作品を執拗に「劇画」と紹介して、辰巳氏の革新性を貶めようとしているのではないかという警戒感が私の中に生まれた。

この辺から、水野氏の本音が見えるような気がする。

実際のところ日本では、大人が読むにはあまりにも幼稚なイメージの成人向け劇画や《マンガ》本が多すぎる。絵がコドモ成人向け漫画的だと尚更の印象だ。

欧米の成人向け劇画や漫画でしばしば見られる知的な楽しさや魅力が、日本の劇画に乏しいのは紛れもない事実である。出版物としてのイメージもまた、お粗末すぎる。それらに夢中になる読者の知的センスを疑われるのは当然ではないか。

劇画スタイルの漫画が好きか嫌いかという次元の問題ではなく、すべて知的で高尚であらねばならないと言うのではない。大人が読んでもハズカシくない、魅力的な劇画が日本で目につかないのが悔しいのである。

大人の観賞に耐え得る魅力的な劇画が、日本にも無いわけではない.しかし、それらがガサツで薄汚い作品群に埋って掲載される漫画雑誌の在り方は、もっと検討されてもよさそうである。

本に書かれた水野氏の透けて見える本音を要約すると、
漫画は知的なものであるべきだ!
だからもっと海外を見習え!
と、いうことだと思う。この辺、風刺漫画家の限界を感じる。

知的であることは良いことだ。
しかしそのことが風刺漫画家の慢心を招き、読者の需要と乖離してもそれを受け入れられない悪循環を産んだことは、これまで何度も書いてきたことである。

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(画像は小林よしのり「新ゴーマニズム宣言」1巻

その結果、
やっぱり風刺漫画家は絶滅してしまったようなのであるが、その段階に至っても「知的」を錦の御旗に掲げ続ける水野氏の漫画論には首をかしげざるを得ない。

そして、おそらく水野氏的な漫画論の極北にいるドラゴンボールなどの漫画が、現在世界的にファンを増やし続けている現象がある。そこから人間とは何かと考えるのが現代的な漫画論というものだ。水野氏の漫画論はそんな未来を予測するものではない。

なぜメキシコ政府がドラゴンボールのアニメの最終回を1万人のスタジアムを使って放映するに至ったか?フランスの大統領が「ワンピース」や「鬼滅の刃」の新刊を買うのか?なぜ湘南にやってきた中国人が「スラムダンク」に出てきた電車を見て涙を流すのか?水野氏の本の理論では説明できないだろう。

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(画像はにしかわたく/初田宗久「ブラック企業やめて上海で暮らしてみました」

海外にも優れた売れてる漫画は山ほどあるのだろうが、
そこに読者も作り手もコンプレックスを一切感じないことが小説や映画との決定的な違いであり、誇れる部分だと思う。

「漫画文化の内幕」は、
ひどい言い方をすれば水野氏の海外コンプレックスに溢れた本である。

それにもまして日本の劇画/漫画評論家の絵画的美意識は疑わしいものだ.劇画や漫画が紛れもなく絵画芸術の一分野であることなど思いもよらないのだろう。彼等がソウル・スタインバーグローラン・トポールロナルド・サールについて論じたのを見たことがない。《ブラック・アンド・ホワイトの魔師》と言われたアメリカの劇画家ミルトン・カニフのデッサンの魅力について、日本の劇画/漫画評論家が論じた例を知らない。『ターザンをダイナミックに描いて一世を風摩したバーン・ホガースを知る日本の劇画/漫画評論家がどれだけいるだろうか。

とはいえ、日本漫画最高!の意見に安住しても風刺漫画の末路を辿るだけで不健康だ。
今はネットで手軽に調べてどんな作品なのか雰囲気だけでも分かるのだから、この際だから数件調べてみた。

やはり役立つのはツイッター(エックス)で、誰かしら呟いているので勝手に引用してみた。許されたし。ピンク色の文字は「漫画文化の内幕」での紹介部分である

とりあえず本に対する論評はここまでで、
以下の海外漫画家調査レポートは気まぐれで追記するので、お暇ならまた読みに来てよねーん。

スタインバーグはこないだブログに書いた。
ホガースは現在も書店で技法書が流通しているので省略。
ということでロナルド・サールから。

ロナルド・サール Ronald Searle(1920-2011)イギリス
戦争では日本軍の捕虜となったり、アイヒマン裁判の法廷画家などもしている。
芳崎せいむ「金魚屋古書店」でも3話にわたって取り上げられている。


ローラン・トポール Roland Topor(1938-1997)フランス
文章も書くようで、脚本家として「ファンタスティック・プラネット」に関わっているらしい。


ジェラード・スカーフ(Gerald Anthony Scarfe)1936-
新聞の政治風刺漫画にしてもジェラード・スカーフのような、大胆でシャープなデフォルメによる斬新な作風を試みる雰囲気さえ、日本にはない。

「ジェラルド・スカーフ」表記だとよく出てくる。
ディズニーなどのアニメーション作品も多く手がけており、
代表作は「ピンク・フロイド ザ・ウォール」




ヴァージル・パーチ(Virgil Partch)1916-1984
ひとコマ漫画専門の漫画家は基本的には一コマ漫画しか描かないのである。(中略)ヴァージル・パーチのコミック・ストリップス「ビッグ・ジョージ」は例外的であり、

代表作「ビッグジョージ」「キャプテンズギグ」


レイモン・ペイネ(1908-1999)Raymond Jean PEYNET
1950年代に「アサヒグラフ」が日本で初めて彼のロマンティックな作風を紹介して以来、日本の菓子メーカーがイメージ・キャラクターに使ったりして、ファンが増えた。

BS漫画夜話で、ペイネが永島慎二に影響を与えていると指摘されていた。
軽井沢にペイネ美術館がある。世界初・日本で唯一の個人美術館なのだそうだ。



モルト・ウォーカー(1923-2018)Addison Morton Walker
アメリカでは人気漫画家モート・ウォーカーが古い城を買い取って、漫画美術館として経営してい る。彼が蒐集した五千点もの漫画の原画を展示し、自ら館長におさまり、入場料を取っての経営 である

代表作「ビートル・ベイリー」
アニメ化もされており、「新兵ベリー」というタイトルでテレビ東京やキッズステーションで放送。
1971年に鶴書房から全10巻、2004年にも文芸社から邦訳版が出ている。
団子鼻でヘルメットで目を隠したキャラデザインは、石ノ森章太郎が踏襲してる気がする。



ジャン=ジャック・サンペ(1932-2022)Jean-Jacques Sempé フランス
1970年代にはフランスの世界的な現役のナンセンス漫画家、J=J・サンペのデッサン展も銀座の画廊で開かれたが、どれも当時としてはリーズナブルな価格だった。




アルベール・デュブー(1905-1976)Albert Dubout フランス
1980年代の中頃だったと思うが、日本橋・三越デパートでは、フランスの国民的人気漫画家だった故アルベール・デュブウの個展が開かれた。40号程の油絵が十数万円前後で売られていて、その大衆的価格に驚いたものである。私のポケット・マネーでも買えそうな価格だっただけに、なぜ見送ったのか今でもひどく後悔している。デュブウは戦前から戦後にかけてフランスでは圧倒的な人気を博した漫画家だったが、日本では殆んどなじみが無く、三越デパート側も彼の評価を迷ったのではないか。展示場所も「フランス・食品フェスティバル」のコーナーの一角に、埋めぐさついでという印象だった。彼の作品が度々『文春・漫画読本』でも紹介されていたのに、誰の記憶にも残っていなかったのだろうか。

尻尾を立ててお尻の穴を見せる感じの猫の絵が、
こないだ発売された荒木飛呂彦「ザ・ジョジョランズ」2巻に出てきたので、ひょっとしてと思う。





ジャン・エッフェル Jean Effel(1908-1982)フランス
パリの小さな古美術店で、ジャン・エッフェルの小さなデッサンが額に入って売られていた。彼も戦後一世を風鯉したフランスを代表する風刺漫画家のひとりだった。




ミルトン・カニフ Milton Caniff(1907-1988)アメリカ

彼の描いた『テリー&ザ・パイレーツ』に登場する「ドラゴンレディ」は短気な女性の蔑称として広まったそう。水野良太郎はカニフに影響を受けていると指摘する人もいる。



<追記>
「あしたのジョー」の時代ぐらいの感覚で読んでいたが、「漫画文化の内幕」が出版された1991年は「ナニワ金融道」「スラムダンク」「沈黙の艦隊」「幽遊白書」「寄生獣」「クレヨンしんちゃん」などが連載している時期である。ジャンプが615万部突破。4年後に650万部達成。この時期にこのセンスはちょっと痛すぎる気もする。外国漫画好きにしたって、何十年前の漫画を持ち上げてるんだ。。。

 
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i-dream

不勉強ながら水野良太郎のことを本記事ではじめて知りました。

個人的には手塚治虫と交流があった辰巳ヨシヒロやさいとう・たかをが海外の漫画事業に疎かったなんてことはないと思いますね。
by i-dream (2023-12-23 09:17) 

hondanamotiaruki

終戦後は米兵が持ち込んだアメコミが手に入りやすかったらしいすね。

斎藤あきらのデビュー作は「わんぱくデニス」からインスピレーションを受けた作品で、その当時で二千冊を所有してたと「仕事人参上!」に描かれてました。

師匠の杉浦茂も斎藤氏から数百冊買い取っていたとか。

初期の水木しげるもアメコミタッチだし、
福島鉄次「砂漠の魔王」もアメコミタッチ。
藤子不二雄Aは母が持ち帰ったアメリカの雑誌から漫画を切り抜いてスクラップブックを作ってましたね。

ヨーロッパはよく分からないけど、
意外とアメコミは日本漫画の礎を作ってる気がします。
そのうちまとめます。
by hondanamotiaruki (2023-12-23 10:34) 

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