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劇河大介とはなんだったのか。関西のトキワ荘、辰巳ヨシヒロ「劇画漂流」 [漫画の描き方が書かない漫画の描き方]

不朽の名作「まんが道」
その中に、派手に登場するけれど、あまり大した出番のないキャラクターがいます。
劇河大介とはなんだったのか?

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描かれるはずだったけど描かれなかった彼の活躍。
その結果、漫画の歴史は「トキワ荘史観」という閉じられた世界観で一度まとめられてしまう。
多くの漫画好きが抱く漫画史は、三国志正史に対する、三国志演義みたいな誤解がある。

入口に演義があっていいと思う。
しかしまんが道を読んで、自分はそろそろ四半世紀ぐらい経って色んな本も出ている。
そろそろ漫画史をアップデートするべきだろう。

その辺を履修すべく、「劇画史」の本を色々と読んでみましたので、なるべく簡単にまとめます。
漫画では辰巳ヨシヒロ「劇画漂流」全2巻、松本正彦「劇画バカたち!!」
文字の本では辰巳ヨシヒロ「劇画暮らし」、佐藤まさあき「劇画の星をめざして」あたりが良かった。

 
まず貸本漫画というレンタルコミックの文化が当時はあり、そこでしか流通しない漫画があった。
一般流通漫画に比べれば貸本漫画はデビューも容易。表現規制も緩やかだったことから、数々の新しい漫画技法が生まれる。あまり真っ当な漫画表現とは見做されず、漫画界のヒエラルキーではセミプロみたいな扱いだったようだ。

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(貸本漫画出版社に持ち込みをするちばてつやの画像は「ひねもすのたり日記」2巻

この辺は「まんが道」ではほぼ黙殺(というか省略)されている。
みなもと太郎が「挑戦者たち」の中で、その文化の一端を紹介している。

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大阪の「日の丸文庫」という貸本漫画の出版社から刊行された短編集「影」が大ヒット。
辰巳ヨシヒロら若い世代が中心となって、新しい漫画表現が次々と生み出される。

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(画像は辰巳ヨシヒロ「劇画漂流」上巻

が、暴力的で好ましくないというバッシングも巻き起こる。

上京した辰巳ヨシヒロは、さいとう・たかをらとグループを結成。
我々の漫画は「劇画」であると関係各所に檄文を送り付け、手塚治虫も衝撃を受ける。
ちなみに辰巳は中学時代に手塚に才能を認められた天才漫画少年。
もちろん劇画仲間たちも皆、手塚の影響を受けていた。

「少年マガジン」「少年サンデー」など週刊漫画雑誌が創刊されると、貸本文化は急速に衰退していく。多くの出版社が倒産。多くの貸本漫画家が廃業、淘汰される。
水木しげるは辰巳の兄の桜井昌一と組んで入魂の「悪魔くん」を世に送り出すが全く売れず極貧で廃業寸前。

覇権を狙う少年サンデーは、藤子不二雄、石ノ森章太郎、赤塚不二夫といったトキワ荘メンバーをおさえ、さらに手塚治虫をマガジンから引き抜く。その対抗策としてマガジンが打ち出したのが貸本漫画家の抜擢。
これが大当たり。

水木しげる、ちばてつや、白土三平の他に、
日の丸文庫系の貸本漫画家としては さいとう・たかを、川崎のぼる、佐藤まさあきたちを登用して大ヒットさせる。

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(画像は水木しげる「ゲゲゲの家計簿」2巻

劇画ブームを巻き起こし、手塚治虫の漫画はもう古いという流れが生まれる。

手塚治虫自伝「ぼくはマンガ家」にこうある。
劇画が貸本屋に溢れだし、ぼくの家の助手たちまでもが二十冊も三十冊も劇画を借りてくるようになったとあっては、ぼくも心中おだやかでない。ついにぼくはノイローゼの域に達し、ある日、二階から階段を転げ落ちた。マンネリだ、マンネリだと読者の手紙が殺到し、何を描いても評判が悪く、しかも助手は劇画に熱中する。もう世の中はおしまいだと思って。千葉医大の精神科に精神鑑定をしてもらいに出かけた。

そして重症だから仕事をやめろと手塚にドクターストップがかかるのである。

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(画像は「鉄腕アトムプロローグ集成」。手塚は劇画キャラクターを悪役にしてアトムに出演させた。)

勢いに乗るマガジンは、辰巳ヨシヒロにも声をかける。

いま流行っている劇画は自分の思い描いている劇画とは違うと感じていた辰巳は、
「俺なんかが描いたら部数が落ちますよ」とことわりを入れる。

「今のマガジンの部数を減らせるぐらい影響力のある作品は大歓迎ですよハッハッハ!」とイケイケの編集長。

それで辰巳が老人介護につかれた青年の漫画なんかを描いたものだから見事に部数は落ち、編集長は更迭。以後、辰巳は少年マガジンのブラックリストに入ったという。

日の丸文庫系で他にも出世したのは少女漫画家の大家となった高橋真琴

日の丸文庫で事務仕事をしながら作品を描いた水島新司はのちに野球漫画の金字塔、「ドカベン」を描く。

日の丸文庫の短編集でデビューした池上遼一は劇画のカリスマに。
現在も「トリリオンゲーム」などを描き、今なお進化を続けている。

日の丸文庫の東京支社で採用された本宮ひろ志は少年ジャンプに見出され、劇画ブームの次の漫画革命、ジャンプ黄金時代の始祖の一人となった。その代表作は「サラリーマン金太郎」

 
劇画ブームで終わった漫画家と囁かれた手塚治虫は「ブラックジャック」で復権。
「ブッダ」で文藝春秋漫画賞を獲得した手塚は、授賞式にトキワ荘メンバーらを招かず、
辰巳ヨシヒロ、さいとう・たかを、佐藤まさあきの三人だけを招待して激励した。
これは辰巳ヨシヒロの自伝的作品「劇画暮らし」のひとつのクライマックスだ。

漫画家として多忙な時期を終えつつあった辰巳ヨシヒロの劇画は、徐々に海外で評判となり数々の賞を受賞。手塚治虫と一緒にヨーロッパを訪れることもあった。

2011年、シンガポールのエリック・クー監督により、長編アニメーション映画『TATSUMI』が作られる。



以上、まんが道がどこまで描くつもりだったのかは分からないが、あの劇河大介というキャラクターには、それぐらいの情報が詰まっていたはずなのである。それが漫画読みにとっての常識になるはずだったが、そうはならなかった。

今現在、巷に溢れる漫画は、当時の概念でいえばほとんどが劇画と言えないこともない。

終わり。

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(画像は「ジョジョの奇妙な冒険」40巻)



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