プーチンの口に舌を入れろ!佐藤優「憂国のラスプーチン」は帰ってきたマスターキートンか? [名作紹介]
俺が森喜朗漫画コレクターということで、
「憂国のラスプーチン」という漫画を勧められた。ありがたい。
まず佐藤優原作、長崎尚志脚本、というのに興味を惹かれる。
どちらもキライな人物だったからだ。
佐藤と長崎がなぜキライなのか?
原作者の佐藤は「ゴーマニズム宣言NEO」で小林よしのりの論敵として出てきて、自分の印象では唯一小林よしのりに勝った人物。これによって小林は作品をひとつ(わしズム)失った。佐藤の元外務省って肩書きは、編集者に圧力をかける政治力がそんなあるもんなのかって思った。
画像は「ゴーマニズム宣言NEO」2巻。ちなみにこの事件は2008年。
掲載誌のSAPIOは2012年から刊行ペースを落とし、2019年に実質休刊となった。
脚本担当の長崎は浦沢直樹のブレーンとして知られる辣腕編集者。
大好きなマスターキートンの実質のシナリオ担当者だという。
しかしこの名前が表に出てきたのと自分が浦沢直樹の漫画がつまらないと思うようになった時期が一致する。
ついでに作画の伊藤潤二も好きか嫌いかで聞かれたら、嫌いな漫画家だ。
これは単に自分がホラーが苦手だからである。
そんな嫌いな作家三人が寄り集まって何を描いたか。
国際情勢スパイ探偵モノ、つまりマスターキートン的な漫画だという。
これは惹かれる。
念入りにサンプルやレビューをチェックして中身を吟味。
購入に至って読んだが、めちゃくちゃ面白かった。
伊藤潤二の作画は、いたずらに怖がらせようという箇所もあって、その辺はいただけないとは思う。
でもまあサービス精神というか名刺がわりの範疇か。
丁寧で美麗な作画で、いい漫画家なんだなと思った。
「憂国のラスプーチン」は全6巻。
ムネオハウス関連で逮捕された佐藤優(さとうまさる)の法廷闘争を描いた漫画だ。
これは国がけじめをつけるために強引に犯罪者を作り上げる国策捜査であり、そういった国家の罠に対して無罪をかけて戦うというのが大まかなあらすじ。北方領土を取り返すためにロシアで活動していた中で、どこに落とし穴があったのかを検証する内容だ。
特徴的なのは、敵が体制側の検察であるにも関わらず、必要以上に悪く描いてないことだ。
これは佐藤が元外務省職員という体制側にいた人間だということもあるのだが、とにかく新鮮だ。
↓以下が従来の漫画に登場する検察のイメージ
(画像は本宮ひろ志「新サラリーマン金太郎」3巻)
↓ところが憂国のラスプーチンでの検察の描かれ方はこうだ。
この「ライバルキャラ」である検事の高村がいいのだ。
高橋留美子が帯に似顔絵を描くぐらい良いキャラクターだ。
さぞかし暴力的な尋問を仕掛けてくるのだろうと思っていたが、高村は徹底的に理詰めだ。
佐藤のために涙を流したりもする。
読者的にも気を許しそうになる展開ではあるが、
「検察官が味方に見えてきたら危険な兆候」というセリフで緊張感を失わせていない。
もちろん高村は、佐藤を完落ちさせるために最も効率が良いと考えて理詰めを選択している。
検察がステレオタイプな高圧的尋問を行うことは高村も否定しない。
この漫画で衝撃的なのは、オッサン同志のベロチューシーン。
みなもと太郎「風雲児たち」でも江戸時代のロシア漂流編で描かれる風習だ。
現在も存在して実際にロシア外交には必須のテクニックだというからすごい話だ。
小渕恵三がモデルのキャラクターが生真面目に練習しようとするシーンが面白い。
面白すぎる漫画なのだが、単純に面白がっていいのだろうかという疑念も付きまとう。
この漫画を読むと、佐藤優も鈴木宗男もアントニオ猪木も素晴らしい政治家だったのかと思ってしまう。なかなかそこのハードルは飛び越え難いので、慎重に行かせてもらいたい。
そしてこの漫画には明らかな嘘がある。
著者の佐藤優は非常に濃い顔をしたオッサンなのだが、この漫画の中では童顔な若者になっている。
(時々アップのコマで佐藤本来の濃さを表現しようとしているのが面白い)
そして漫画に登場する弁護士は若くて綺麗な女の子だ。
これがこの漫画にとって必要な「ウソ」であることは理解している。
オッサンたちによる基本密室の会話劇を、そのまんま描いたんじゃあまりにも読者を限定してしまう。
状況を整理するのに出てくる美人弁護士は、この漫画のオアシスだ。
でもそこで我に返るのだ。
この美人弁護士は現実には50歳ぐらいの油ぎったオッサンなのでは???と。
そう思ってしまうと何が現実で何が嘘なのか。見極めておかないと不安になってくる。
コミカライズにあたってどこまで脚色したのか確かめておきたいと思い、原作本「国家の罠」を読んでみた。読み始めたのが2023年の2月。500ページあって、漫画の冒頭に辿り着くまでに250ページぐらいで骨が折れた。5月末あたりにようやく読み終えた。
驚いたのは、割とそのまんま。
検察とのやりとりを載せるのは、高村(原作では西村)さん的に不利益になるのではと心配になって、その辺どうなってるのかなというのも興味のひとつだったが、特に高村氏の出世に響くこともなく、組織的にも評価される仕事ぶりだったのだそうだ。この事について、佐藤が検察という組織を評価している。
女性の弁護士も実在した。
が、漫画にあった「素敵です」のセリフは原作本には無かった。
原作執筆時に書かなかっただけなのかもしれないが。
高村たちモデルになった人物を検索してみると、やはり容姿や年齢が漫画と違うのでガッカリする。
まあこれは主観的な問題である。
MASTERキートン Reマスター 豪華版 デジタルVer.(1) (ビッグコミックススペシャル)
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2022/05/30
- メディア: Kindle版
日露戦争で捕虜になったロシア兵が友好を示そうとキスして日本兵にぶん殴られたエピソード。
— サムハラ 9月17日 吉野会 (@meizi_samuhara) September 10, 2023
映画、ドラマの二百三高地でもラストの旅順降伏シーンでキスしてたな。 pic.twitter.com/195xsivS4e
遂に取り上げていただき楽しく拝読しました。
伊藤潤二は好きな漫画家なんですが、あまり怖いと思ったことはなく。絵が端正で美しすぎるんですね。個人的にはホラーはヘタウマというか、デッサンがどこか狂ってるような絵柄の方が怖く感じます。主人公の顔というのは作者の一番いい絵と荒木飛呂彦も言ってましたし、ある種のヒーロー性を纏うことになるので、佐藤優そのものの顔では描き進められないと判断したのでしょう(笑)
長崎尚志はこの現実とフィクションを混ぜ込む手法を発展させてクロコーチやダイマジンを手掛けたんじゃないかな、と思ってます。
それにしても高村はもう1人の主人公と言っていい、ナイスなキャラクターですよね。
by 智 (2023-06-27 00:44)
その節はありがとうございました。漫画はあっという間に読めたんですけど、原作はずいぶん時間がかかってしまいました。
高村さんいいですねー。彼が主人公のスピンオフがあったら読んでみたい!
by hondanamotiaruki (2023-06-27 08:15)
大好きなMASTERキートンに長崎尚志がどの程度関わっていたのか?ということが昔から気になってます。
確かに話の構成は浦沢=長崎コンビらしさを感じるんですが、どう考えても勝鹿北星(きむらはじめ)がいないと描けなかったような話がある…一方、原作者を追いかけてもそこまでヒットした作品を残してない(SEED、マジンジラとか興味深くはあるんですが、ちょっと物足りない感)。
個人的にパイナップルARMYとMASTERキートンの浦沢直樹が光り輝きすぎていて、そのあとの作品は面白いけど結局途中からグダグダになる(そこに長崎尚志のオーラ力が働いている?)のが不満なだけなんですが。。。
by 智 (2023-07-22 01:38)
BS漫画夜話のいしかわじゅんの分析が良かったですね。
>物語がスタートする時にどういう設定で作っていくか?これからこのキャラクターをどういう設定で進めていくか決めるってのは、ものすごく大きいことなんだよね。その時点で第三者が立ち会っていたら、それはもうオリジナルじゃないよね。例えば1話で原作者が降りたとしても、それはやっぱり原作付きといっていいと思うんだよ。それはこの作品で一番大きいところなんだよ、キャラクターをどうするか、設定をどうするかって。
by hondanamotiaruki (2023-07-25 15:21)
確かに!
「花の慶次」に、他の派生作品とは明らかに違う力を感じる理由は、病床の隆慶一郎から冒頭のシノプシスと、~雲のかなたに~という副題を受け取っているからなんじゃないかな、と思い至りました。
長崎尚志も変名の多い人なんで、弟子とか複数人でプロットを考えたりしてるのかなぁ。それで当たり外れがあるのかも。
by 智 (2023-08-01 00:34)