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初の国会図書館!できることできないこと。 [自炊]

地元の図書館をほとんど使いませんが、
その蔵書量から一度行ってみたかったのが国会図書館
少し時間的な余裕があったので行ってきました。
越境するのはコロナ禍以前ぶりか?

きおいすぎざか2.png

国会図書館の最寄駅は地下鉄の永田町駅。
国会議事堂の真横!

きおいすぎざか3.png

辿り着く前に、陸奥宗光がベロ出して死んだ紀尾井坂も見学したでござるよ。
以前訪れたジャイアント馬場の定宿だったキャピトルホテルもこの近く。

きおいすぎざか1.png

さて、基本ノープランです。
どんな本を借りたいかすら決まっていません。
何ができて何ができないのか、ネットだといまいち頭に入ってこないので、全ては現場に行って決めようと思いました。

現地に行って案内を見て初めて知ったのですが、
施設を利用するためにはまず利用カードを作らないといけない。

本館入り口のすぐ隣にある新館で必要書類に記入して身分証と一緒に提出。
すると番号付きの案内書がもらえるので、カードが完成するまでかけて数分待ちます。

きおいすぎざか4.png

ある程度ネットで事前に申し込んでおくこともできるそうです。
受付のお姉さんに聞かれて気がついたんだけど、
自分の場合は以前オンラインで複写サービスを利用したことがあり、
パスワードはその時に使ったものが使えた。(パスワード忘れてもなんとかなるそうだ)

ちなみに図書の破損や持ち出しを防ぐために、館内はカメラやカッター、B5サイズ以上のカバンの持ち込みが不可。ガードマンが出入りを見張っており、ちょっと物々しい感じがした。荷物は無料のコインロッカーに預ける(ただし現金100円以上を所持していないと使えない)。ノートや文房具などの必要な小物をまとめて持ち歩きたい場合はクリアバッグを借りることができる。

館内に入ると、
ネットカフェみたいにパソコンが設置された机がズラリと並んでいる。
先ほど作ったカードをカードリーダーに載せると端末を使って閲覧したい本を探せる。
インターネットも出来るので、自分のブログを眺めながら何を借りようか考える。

アマゾンで本を注文するみたいに閲覧したい本をカートに入れていく。
確定させると大体30分で本が用意されるので、指定された場所に取りにいくという仕組み。
取りに行くときは席を数分なら簡単操作でキープしておくこともできる。

 
検索すると出てくるものの、国会図書館にない本もある。
例えばサーチした中でどんな本が国会図書館では読めなかったか。

谷口ジローが1974年に谷口治郎名義で描いた「学習漫画シートン動物記1狼王ロボ」や、学研まんが名作シリーズなど。それらは上野にある「国際子ども図書館」でしか閲覧できないとのこと。

他にも飛鳥昭雄の1985年の作品「ザ・超能力」や、とある秋田書店の漫画単行本などは「国際子ども図書館」のみの利用に限られた。そちらの方も行ってみようかなと思ったけど、上京した月曜日は休館でした。ちなみに国会図書館は日曜祝日が基本的な休館日。

同じ漫画単行本でも大人用という扱いなのか、
池田邦彦の「国境のエミーリャ(2020年)、冨士宏の「ワルキューレの降誕(2005年)などの比較的新しめの漫画は国会図書館で読むことができた。小林まことの「JM女子柔道部物語(2016年)を読み耽ってる大学生も見かけた。無料の漫画喫茶のようで羨ましい。飲食不可だけど。

 
雑誌はサーチでヒットしたりしなかったり。
栄光なき天才たち」の単行本未収録の花形敬の回(本田靖春 「疵 花形敬とその時代」が原案らしい)が掲載されたヤングジャンプ1987年11号はあるのかなと検索したが、ヤングジャンプが一冊も出てこない。フレッシュジャンプは数冊だけ出てきたのだが。

以前ブログに書いた、
石垣環のウィザードリィ外伝の単行本未収録回が掲載された「ファンタジーランド」(1990年)は閲覧することができた。ちょっと感動。

ファンタジーランド.jpg
(画像はイメージです。)

でもまあある程度ウィザードリィ外伝の方は内容が想像できてたので、
今やファンタジーランドで気になるのはステルス広告漫画、「スペースオペラ」の方だったり。
掲載位置は巻末だった。想像以上に不気味な漫画で作者名すら書かれていない。
漫画以外の広告はやはり3ページでした。

 
ルポライター時代の堀井雄二の著書で何か引っかかるかな?と検索すると、
所有している名著、「虹色ディップスイッチ(1990年)以外に
1984年の「いきなりパソコンがわかる本」と
1988年の「堀井雄二のコンピュータ・クエスト」が閲覧できた。

後で気づいたのだが、所有する「ドラゴンクエストへの道(1990年)の新装版であるガンガンコミックス版(1991年)も閲覧可能だった。マシリトが登場しないなどの改変が加えられているらしいので以前から読みたかったのだが、ノープランで来ているのでその場では思いつかなかった。また次回。

堀井雄二が師匠の小池一夫と対談してる雑誌が引っかかったので閲覧を申請すると、雑誌数冊分をしっかりとしたハードカバーの百科事典にような装丁に作り替えたものを渡された。こんなこともしてるのか!ちなみにその雑誌名は「カイト」。神奈川工科大学の入学案内のパンフみたいな内容だった。対談はなんてことなかったけど、山本貴嗣メタルマックスのメイキング漫画を描いていて、それが面白かった。

メタルマ.png

何年の本かわからないが、
「セガ・アーケードヒストリー」も閲覧を申請した。
そしたら2階にある狭い部屋が受け取り場所で、
しかもなぜかその部屋以外では読んではいけない決まりだった。

あといま気がついたのだが、あれはエンターブレインの「セガ・アーケードヒストリー」(2002年)ではなかったか?俺は田尻智がメガドラブFANで連載していた「セガ・アーケードヒストリー」が読みたかったのだが。。。

 
長時間鈍行に揺られ、ヘトヘトになって家に帰る。
帰宅した時に思いついて、ジャック・デンプシーの「私のボクシング」(1953年)を検索してみたら、デジタル化されていて家からでも本を閲覧することができた。

ざっと目を通してみたが、
やはりかねてからの推測通り「デンプシーロール」という技名は登場しない。
ただ「ロール」という記述はあった。

デンプシーはダッキングのことを「ボッブ」と表現する。
軽やかなボッブ&ウィーヴ(ィング)をするためには、軽いボッブから体を起こす際に、右あるいは左肩を前方へロールすると書いてある。それを左右に繰り返すと書いてある。

これを後世の人がデンプシーロールと形容したのだろうが、それがいつのことなのか。
意外と新しく、ひょっとしたら1980年ジャストなのではないかと最近考えている。

 

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