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消えたゲーム史、近未来ゲーム「バトルテック」 [ゲーム]

巨大ロボを操縦したいという夢。
とりあえずゲームでもいいや。
それを最も早く、スケールでかく実現したバトルテックという海外製のアーケードゲーム。

しかし東京近郊に住んでいないと遊べなかったイメージ。
いつか遊びたいと思っていたが、ついに一度もチャンスがないまま廃れてしまったゲームだった。
熱心にプレイしていた人たちがいたはずなのだが、ネットにバトルテックの情報は非常に少ない。

この際なので当時の記事を見つけ次第、情報をまとめてみようと思った。

<2023年4月1日追記>
おそらく一番最初にファミコン通信に取り上げられた記事。
なんと1989年8月4日18日16&17合併号だ。
まだ開発中。海外特派員によるものなのでリアルタイム感がある。
バトルテックのコピー.png

続いてバトルテック日本上陸開始の記事。なんと初報道?から3年後だ。
ファミコン通信1992年8月14日号
バトルテック19920814a.png
横浜駅西口にかつて存在したシグマ直営アミューズメントスポット「トレルワン」にて8月8日から稼動。筐体はアメリカにもまだない最新のものを32台設置(8台1セット)。プレイヤーは氏名、生年月日、電話番号を登録して会員になる。会員証で来店回数をチェックし、同レベル同士で対戦できるようにするとのこと。プレイ料金は10分1000円。(要約)

シグマ商事なる会社はファミコンの「必殺道場破り」というゲームで知ったが、もともとメダルゲームなど、アミューズメント施設運営の会社として有名だったらしい。自社のネットワークを活かして、いっちょバトルテックブームを起こしたろかい!って感じだったのだろうか。32台も筐体を購入するのは大変だったろうな。

ちなみに1992年はセガからバーチャレーシングがリリースされている。アーケードゲーム史に名を残す、バーチャシリーズの幕が上がった。それまでマイナーだったポリゴン技術が、ドット絵を駆逐していくという、節目の年になったのである。それはいち早くポリゴン技術を採用していたバトルテックが、激しい競争に飲み込まれたということでもある。

次に見つけた記事は半年後。
ファミコン通信1993年1月1日号
バトルテック1993年1月1日.png
12月7〜20日、第一回メジャーリーグ・トーナメント開催。 1チーム4人の16人が参加。予選は4ブロックに分かれて総当たり。 各ブロック上位2チームが決勝に進出。優勝チームにはトロフィーや記念品が贈られる。 参加費用は1チーム16000円。参加資格はチーム4人の出撃回数合計が121回以上。

翌93年2月に第二回大会を予定。将来的にはシカゴのバトルテックセンター代表とのチャンピオンシップ大会を開催したいとシグマ販売促進課。

ついに日本トーナメントが開催!
メンバーが4人必要。ぼっちは出場できなかった!
しかも121回÷4人だから、一人あたりだいたい30回かける1000円=30000円をバトルテックにつぎ込んでいる廃課金者の仲間を見つけないとイケナイわけだ。これはハードル高いなあ。

次のニュースはさらに半年後。
ファミコン通信1993年6月4日
バトルテック1993年6月4日.png
バトルテックを国内販売しているザップが、全国展開を発表。渋谷のドクタージーカンズにあるバトルテックを4台から16台に増やし、バトルテックセンターと改称、今後3年間で全国50店舗まで増やしたいとしている。

いつの間にかドクタージーカンズなるお店がバトルテックを導入していた。このお店は今でも渋谷にあるらしい。ゲーセンではなく、イベントスペース?ザップという会社名は初めて見た。検索しても会社の情報は見つけられなかったが、電撃王というゲーム雑誌のバトルテックの付録が付いてきたことが分かった。電撃王、読んでなかったけどバトルテックを推していたのだろうか。

1993年はセガからバーチャファイターが。ナムコからはリッジレーサーの他、バトルテックと被りそうな近未来戦車ゲームのサイバースレッドがリリースされている。

こんな記事も見つけた。
ゲームセンター回顧録 バブル後期編 バトルテックセンター!

 
さらに次の記事は一気に一年後だ。
3年で50店舗計画はどれぐらい進んだのだろうか。
「LOGiN」1994年6月3日
バトルテックログ19940603.png
4月9日アメリカ代表4名を迎え、渋谷ドクター・ジーカンズで日米決戦大会が開催。開催時間が午後一時から九時までの8時間という長丁場。個人戦は8名による10分間のバトルロイヤルと、ノーリターン制のバトルロイヤルの二種目の総合。日米双方の4名からなる代表チームで戦い、先に4勝した方を勝者にするルール。個人戦、団体戦とも日本が勝利を収めた。世界ナンバーワンになったのはコールサインHIDEKAZUの重富英和。

日本上陸から約2年、ついに国際大会が!
しかもサムライジャパンの圧勝だったようだ!

1994年はセガからポリゴンアーケードゲームの稼働ラッシュ。バーチャファイター2、バーチャコップ、バーチャストライカー、デイトナUSA、ウイングウォーなどがリリースされている。

 
さらに1年後。
これが現在のところ、自分が確認した最後の記事となっている。
「LOGiN」1995年6月16日号
プラモ3.png
ドクタージーカンズにて5月13、14日にバトルテック国内代表決定戦が開かれ、日本代表プレイヤーが決定。個人戦は「LOGIC1」、団体戦はKnight Forkが代表に。日米代表同士の決戦は6月3、4日にアメリカラスベガスのバーチャルワールドで開催される。前大会は日本が優勝カップを手に入れたとのこと。

ちなみに1995年のアーケードゲームは「鉄拳2」「バーチャロン」などが稼働開始。
テクスチャーマッピングやグローシェーディングなどの処理などが一般化し、ポリゴン時代第二期に入った印象だ。

何か新たな情報が入り次第、この項は加筆していく予定。


タグ:ロボゲー
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