禁断の秘技子ちゃん二代目、サトウ・ユウ先生逝く [あの人は今]
最近衝撃の事実を知った。
「禁断の秘技子ちゃん」と
「俺のサーキット」の作者は同一人物だというのだ。
「俺のサーキット」はボンボンで連載されていたポケバイを扱った珍しいレース漫画。
こちらは山口博史名義。当時かなり熱中して読んでいた。近年、電子書籍でも読み返した。
きらたかしも超名作バイク青春漫画「ケッチン」最終巻の後書きで「俺のサーキット」へのリスペクトを明かしている。
「禁断の秘技子ちゃん」はファミコン通信の裏技コーナーに連載されていたショート漫画。
こちらは山口ゆかりという女性的な名義。自画像も女性。(訂正=山口みゆきでした。)
自分が読み出した時期はかなり末期で、ネタ切れしていたのか自身の別作品の単行本を紹介していたのが色んな意味で衝撃的だった。
紹介していた漫画が18禁のロリコン漫画だったのだ。
(しかも天下の任天堂作品をネタにしたオチがそれ)
この記事を書くにあたって、そのロリコン漫画を探してみると、
Kindle読み放題対象作品になっていたので読んでみた。かなりドギツイ内容だった。
こういう性癖はどこか別名義の作品にも出てくるものだと思うのだが、「俺のサーキット」はまるでそういった部分を感じさせない、少しストイックすぎるぐらいの真面目なレース漫画なので驚く。今回「俺のサーキット」も読み放題化していたので再度チェックしてみたのだが、なるほど言われてみれば終盤のタッチは所々「禁断の秘技子ちゃん」を感じさせるものがある。
さらに最近Kindle読み放題で
「なつかしの」ゲームムック系があれこれ読めるようになっていた。
その中の「伝説のシューティングゲーム大全」で衝撃の事実を知った。
禁断の秘技子ちゃんが掲載された裏技コーナーの担当編集者、
ガスコン金矢氏が、漫画家のもろが卓先生だというのだ。
(画像は「古典ゲー能考古學体系」/A-10)
<2022年9月10日追記>MSXマガジン1988年10月号に記事を発見。
ガスコン氏は初期のクロスレビュアーの一人でもあった。
そしてもろが卓先生の漫画は読んだことがないのだが、小林まこと先生の「青春少年マガジン」に出てきた作家として印象深い。漫画家からアスキー社員へ、まさかの転身だったそうだ。
そんな記事を書こうと思っていたら、
二代目禁断の秘技子ちゃんを担当した漫画家のサトウ・ユウ先生が亡くなられた。
がん治療をされていたらしい。
初代は1986年の12月辺りから始まり2年以上続いたが、二代目は1989年4号で登場し8号が最後という短いものだった。その後、しばらくは空白が続き、13号から吉田戦車先生の「はまり道」が始まるのである。
と、ここまで書いて、
初代禁断の秘技子ちゃん終了は任天堂のクレームによるものではないかという疑念が大きくなってきた。前述の任天堂ゲームネタのオチで18禁漫画の宣伝。しかもこのゲームはゲーム史上初の(?)他社コラボ作品のディスク書き換え版マリオで、永谷園も絡んでいる。現在ならアウトもアウト。炎上ものだ。
おそるおそる確認してみますと、
18禁宣伝ネタ掲載号(1989年3号)の次の号(1989年4号)で
初代は終了していた。(((((((( ;゜Д゜))))))))
無理な引継ぎを要求されたサトウ先生はネタに詰まり連載4回で逃亡?
以降、4回に渡って「べーしっ君」のイラストで穴埋めされるという異常事態になる。。。
というストーリーはどうだろうか。都市伝説として定着するかもしれない。
↓4回に渡ってファミ通に登場した空白地帯。
二代目は最終回告知もなく、
その後4回に渡って穴を空けるって今考えるとおかしいよなあ。
亡くなった直後に不遜なネタかもしれないが、自分はサトウ先生の作品の思い出がこれのみで、しかも苦しそうな作風だったという印象しかないので、なんとなくこういう風にシナプスをつなげてしまうのだった。
「禁断の秘技子ちゃん」と
「俺のサーキット」の作者は同一人物だというのだ。
「俺のサーキット」はボンボンで連載されていたポケバイを扱った珍しいレース漫画。
こちらは山口博史名義。当時かなり熱中して読んでいた。近年、電子書籍でも読み返した。
きらたかしも超名作バイク青春漫画「ケッチン」最終巻の後書きで「俺のサーキット」へのリスペクトを明かしている。
「禁断の秘技子ちゃん」はファミコン通信の裏技コーナーに連載されていたショート漫画。
こちらは山口
自分が読み出した時期はかなり末期で、ネタ切れしていたのか自身の別作品の単行本を紹介していたのが色んな意味で衝撃的だった。
紹介していた漫画が18禁のロリコン漫画だったのだ。
(しかも天下の任天堂作品をネタにしたオチがそれ)
この記事を書くにあたって、そのロリコン漫画を探してみると、
Kindle読み放題対象作品になっていたので読んでみた。かなりドギツイ内容だった。
こういう性癖はどこか別名義の作品にも出てくるものだと思うのだが、「俺のサーキット」はまるでそういった部分を感じさせない、少しストイックすぎるぐらいの真面目なレース漫画なので驚く。今回「俺のサーキット」も読み放題化していたので再度チェックしてみたのだが、なるほど言われてみれば終盤のタッチは所々「禁断の秘技子ちゃん」を感じさせるものがある。
さらに最近Kindle読み放題で
「なつかしの」ゲームムック系があれこれ読めるようになっていた。
その中の「伝説のシューティングゲーム大全」で衝撃の事実を知った。
禁断の秘技子ちゃんが掲載された裏技コーナーの担当編集者、
ガスコン金矢氏が、漫画家のもろが卓先生だというのだ。
(画像は「古典ゲー能考古學体系」/A-10)
<2022年9月10日追記>MSXマガジン1988年10月号に記事を発見。
ガスコン氏は初期のクロスレビュアーの一人でもあった。
そしてもろが卓先生の漫画は読んだことがないのだが、小林まこと先生の「青春少年マガジン」に出てきた作家として印象深い。漫画家からアスキー社員へ、まさかの転身だったそうだ。
そんな記事を書こうと思っていたら、
二代目禁断の秘技子ちゃんを担当した漫画家のサトウ・ユウ先生が亡くなられた。
がん治療をされていたらしい。
令和3年8月12日 他界いたしました 皆様のご友情に感謝いたします by家族一同
— サトウ・ユウ (@tinker2199) August 12, 2021
初代は1986年の12月辺りから始まり2年以上続いたが、二代目は1989年4号で登場し8号が最後という短いものだった。その後、しばらくは空白が続き、13号から吉田戦車先生の「はまり道」が始まるのである。
と、ここまで書いて、
初代禁断の秘技子ちゃん終了は任天堂のクレームによるものではないかという疑念が大きくなってきた。前述の任天堂ゲームネタのオチで18禁漫画の宣伝。しかもこのゲームはゲーム史上初の(?)他社コラボ作品のディスク書き換え版マリオで、永谷園も絡んでいる。現在ならアウトもアウト。炎上ものだ。
おそるおそる確認してみますと、
18禁宣伝ネタ掲載号(1989年3号)の次の号(1989年4号)で
初代は終了していた。(((((((( ;゜Д゜))))))))
無理な引継ぎを要求されたサトウ先生はネタに詰まり連載4回で逃亡?
以降、4回に渡って「べーしっ君」のイラストで穴埋めされるという異常事態になる。。。
というストーリーはどうだろうか。都市伝説として定着するかもしれない。
↓4回に渡ってファミ通に登場した空白地帯。
二代目は最終回告知もなく、
その後4回に渡って穴を空けるって今考えるとおかしいよなあ。
亡くなった直後に不遜なネタかもしれないが、自分はサトウ先生の作品の思い出がこれのみで、しかも苦しそうな作風だったという印象しかないので、なんとなくこういう風にシナプスをつなげてしまうのだった。
懐かしパーフェクトガイドVol.5 熱き記憶がよみがえる! 伝説のシューティングゲーム
- 作者: ダイアプレス
- 出版社/メーカー:
- 発売日: 2019/03/06
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