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まるで質量保存の法則だ?無くなった差別はどこに行くのか問題 [心に残る1コマ]

部落差別を知るキッカケになったゴーマニズム宣言差別論スペシャルに印象的なオチがある。
ハゲ差別1.png
「人の差別心が完全になくなることはないって先生ぴゃん言うよね。」
「うむ、多分な。」
「今の少数者が闘って勝ちに回ったら、だれが差別されるんだろう?」
「うーむ…、ハゲを差別しろ!!」

このあと更に続くのだが、そこは実際に読んでもらうとして、素晴らしいブラックジョークである。己を差別心のある等身大の人間であるとすることによって、語ってきた差別反対の話を単純な理想論にしすぎない効果、読者に自戒させる効果をもたらしている。

しかしこのオチを、取材に協力した人権団体が問題とした。協議の結果、ページを縮小して人権団体の見解も載せるという折衷案に落ち着いたが、作者の小林氏は大いに不満を募らせている。引用した画像が荒いのは、そんな理由による。

ところでこの「差別は無くならない。ひとつの差別がなくなったら、次はどこかに差別が行く。」という問題。最近、そのどこに行くのかというのが掴めた気がする出来事があった。

 
ツイッターで炎上しているっぽい漫画があって、試しに読んでみた。全4ページ。外国の学校に通う子供の文化トラブルを日本人の母が描いている。母親の心配をよそに、先生が異文化に理解を示していることから良い話で終わるのだが、最後のページで炎上してる謎が解けた。ちょっと左寄りのニュアンスがあったのである。怖いので引用はしない。

以前、「俺は創価学会に入って変わったよ!」のオチの一言で、「なかなか読ませる漫画だけど何の漫画なんだ?」と思っていたのがガラガラと崩れる体験をしたことがあったけれども、それと通じるものがあった。

創価学会の漫画はなかなか素晴らしい叙述トリックだと思ったのだけれども、ツイッターの漫画は問題のページがなくても成立するし、ちょっと勿体無いと思ったので、ちょっとその辺を本人に突っ込んでみた。すると段々と発言が攻撃的になり、その辺のニュアンスはその漫画を描く上で本人にとっては必須だったということがわかった。

俺はその漫画を「世界のみんなが仲良く」っていうオチになると思って読んでいたのだけど、作者が一番伝えたいことはヘイトスピーチ反対ということだった。俺はこの「ヘイトスピーチ」という言葉は都合良く乱用されているので嫌いなのである。大人が醜い罵り合いをする時に使う言葉だというイメージがある。何しろヘイトスピーチ反対と言いながら、それに悪口を付け加えるのだから。

漫画の作者も「ヘイトスピーチをする人は常識がない」と矛盾するオーディエンスに同意のリプライを送っている。「私は差別と黒人が嫌いだ」みたいな話だ。このオーディエンスのリプライは引っ掛けだったのかもしれないが本人は気づいていない。悪人の自白というやつだ。

この人に外国人差別はないかもしれない。
本人も自分は差別心がない人間だと思っているし、世間一般も多分そう捉えるだろう。
しかし差別は無くならないし、差別心のない人間などあり得ないという理論に照らし合わせるとどうなるのか。消えるはずのない差別心はどこに行ったのか?

差別は自分と考え方の違う人へしっかり向けられていることがわかる。やはり差別心は無くならないのだ。この構造に気づいたとき、ちょっと感動した。質量保存の法則みたいだ?

まあ、差別問題と戦う人は激しさがあってもいいかもしらん。
だが、自分の差別心が見えにくくなっているせいで、行き過ぎになることもあるだろう。ママ友の間では浮いてる人になっていてもおかしくない。漫画に出てきた学校の先生が異文化を認めなかったらこの人はどうしていたのだろうという疑問もある。異文化に理解を示したのも、その辺が影響しているという読み方もできてしまう。だから問題の4P目はつくづく蛇足だと思うのだ。

4P目を眺めながら、最小限どこを削れば成立するかなということも考えた。
「外国人は出て行けー」は誰もが差別発言だと思うから良いとして、「移民受け入れ反対(要約)」は削った方がいいと思う。溺れてる人は助けるべきだが、どこで船が沈むかは当然見極めなければならない。必ず議論があるべきだが、これをヘイトスピーチとするのは反対意見を封殺したいだけの典型的な言葉の乱用。自らスローガンの価値を貶めている。

冒頭で引用した、長年愛読しているゴーマニズム宣言だが、スタッフの一人が安倍総理をゲリピーと連呼して大いに失望したことがある。その上、それを非難されると「釣りもわからんのか!」とまんまブーメランになるような言い逃れ。コミュ障っぽい時浦だからしょうがないなとも思うが心底軽蔑した。身近にいる人がこの程度の意識なのかと。その時浦が結婚していたことを最近知って驚いた(話が逸れた)。

何が言いたいのかというと、何かしら批判するならちゃんと理論的にやらないと、批判する側が安くみられて、その批判も容易に聞きれてもらえなくなるということである。サッカーの試合結果や、芸能人の逮捕や改元が政権批判に強引にこじつけられて笑われることがあったが、批判の質を自ら落とすことで、純粋な議論の妨げになる。これが俺は嫌なのである。

 
ハゲ差別2.png

人は必ず何かを差別している。
それは本人が差別しても許されると思っているものである。
自分の差別心がどこに設定されているのか省みるのも良いかもしれない。
そのことに意識的になっていないと暴走する。

差別は無くならない。

 

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