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「女の愛国心信用ならん」の意図とは?ゴーマニズムの影無き小林よしのり「卑怯者の島」 [名作紹介]

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ツイッターで小林よしのりの「卑怯者の島」をネタに盛り上がっていたので久しぶりに読み返してみた。色々と不思議な漫画だ。

小林氏は右寄りの需要を漫画で掘り起こした人物だ。そういう人物が戦争ドラマを創作すればだいたいどんな物になるのか想像がつく。ところが「卑怯者の島」の物語展開はつかみどころがない。キャラクターがどんなセリフを喋ってキメるのか、そこに作家の本音が必ず出る物なのだが、小林氏の影をそれほど感じないのだ。

この漫画には「女の愛国心は信用ならん」というセリフが何度か出てくる。
バーチャルアイドルにいちゃもんつける差別弁護士が聞いたら、さらに炎上しそうなセリフだ。ゴーマニズムにも無いようなベクトルの言葉なので、あれっ?と戸惑う。どういう流れでこのセリフが出てくるのかは読んでもらうとして、その信用ならん女性キャラクターは作者の秘書がモデルになっているのだ。少なくとも外見上と名前は。秘書とは作品発表後も良好な関係は続いているので、人格攻撃の意図はない。小林氏は浅く読んで抗議してくる人への罠を作中によく仕掛けているので、なんらかの別の意図があるのだろう。ただ、この作品について議論しているシーンを少なくとも漫画ではあまり記憶がないので、その辺はよく分からない。

よく分からないまま記事を書いているが、読んでいて気になったセリフを3点紹介する。
 

「悲しいことだが俺たちは不遇の時代に生まれた。戦争の時代に!」
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銃弾が勝手に避けていくタイプのカリスマ上官の最後のセリフである。余命いくばくもないのを承知で娶った幼馴染の新妻の最後を看取るため、必ず行きて帰らなくてはならなかったが叶わなかった。そんな男が人生の最後をこうまとめるのである。運が悪かったと、そう不条理を受け止めている。世界情勢だとか軍部の暴走論だとか国民や報道機関がそれを支持したとか、そういうことでなく、ただ運が悪かったと。誰も責めないのである。ただあるがままだったと。なんと潔い戦争観だろうかと思う。

「死ぬべき時に死ななければ、人間は必ず堕落する!」
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洞窟の中に逃げ込み、傷つき飢えて地獄の苦しみを皆が味わう中、ついに内ゲバ的なことが起こりかかる。残された食料をどう使うかで揉め始めたのだ。騒動の発端になった死にかけの兵士は自ら過ちを恥じ、カリスマ上官が介錯。そして前述のセリフを吐く。貧すれば鈍ずるということだ。極限状態では正論を言っているようでも精神的にもジリ貧になっていくことを肝に命じないといけない。

 
「俺は『お国のために』などという愛国心は信じてない。だが戦争で死ぬ理屈はわかる。」「神平、意地しかないんだよ。意地を捨てるヤツがいたら戦争には勝てん!合理的に負けるとわかったとたんに白旗あげる兵隊ばかりだったらその国は亡ぶ!だから意地で玉砕するんだ!」
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頭のいいカリスマ上官の弟の戦争観まとめがこれ。
確定した歴史を俯瞰して、効率でものを考える我々にはとても出てこない発想だ。多くの人に伝え、従わせるべき言葉ではないが、確かに一面の心理がある。負けるとわかっていても戦わないといけない時は確かにある。それが太平洋戦争だったのかは分からないが、当時の一部の人にとってはそうだったのかもしれない。

 
「卑怯者の島」は「反戦思想を持った立派な青年を主人公にしたよくある戦争物語に対するアンチテーゼ」なのだが、だからと言って「反戦漫画でもないし、好戦漫画でもない。主張したいイデオロギーがあるわけではなく、ただ最も過酷な戦場での主人公の心理を追っていただけである」と、あとがきに書いてある。まさにそんな感じだ。それで物語として立派に体をなすものに仕上がっているのは不思議だ。小林氏はストーリー漫画の人でもないにも関わらず、いきなりこんなものが描けてしまうのである。

どう捉えたらいいのかよく分からない漫画ではあるが、それを考え続けるのも面白いと思う。いろんな登場人物がそれぞれの戦争観を語る。誰かが正解を言っているということではない。信用ならんと言う方にも、言われる女の方にもおそらく言い分がある。だから解釈は各自に任せるということなのかもしれない。何度も読み返せる名作だ。

 
ちなみにラストシーンは弘兼憲史の「ハロー張りネズミ」の一編と被ってしまっている。小林氏の場合は戦争の時代と現在を対比するための象徴的な出来事としてバスジャックを取り上げたのだろう。

 

卑怯者の島 戦後70年特別企画

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  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2015/07/20
  • メディア: Kindle版

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